第9話 闇の囁き、忘却の名 【再更新】

その夜。村は静かだった。


でも――その“静けさ”の中に、確かな気配があった。

それは風でも音でもない、ただ存在そのものが染み出すような、そんな気配。


「……誰だ?」


レイガが声を発すると、闇がゆっくりと揺れた。

そこから、ひとりの少女が静かに姿を現した。


小さな体。漆黒の衣。まるで影そのものが形をとったような存在。


「……ノクス。闇の地霊。契約は……完了してる」


「は、はやっ!? まだ名前呼んでないよね!?」


「呼ばれたの。心で。……レイガ、さびしかった」


言葉は単調だったが、そこに込められた感情は真っすぐだった。


ノクスは目を伏せたまま、ほんの少しだけレイガににじり寄った。


「……わたしも、さびしかった。ずっと、ずっと……」


その声は、誰にも届かなかった孤独の記憶のようだった。


「光が眩しくて、外に出られなくて……でも、レイガは、あたたかそうだった。ずっと、見てた」


「え、えっと……それってつまり、ストー……」


「……お兄ちゃん、見てると……胸のなか、じんわりする。……だから、来た」


その“じんわり”に、レイガは何も言い返せなかった。


◇ ◇ ◇


その夜。

拠点に戻ると、誰も見ていないはずの空き部屋に、布団がひとつ増えていた。


「誰が用意したんだこれ……」


ノクスは、そこにすでに丸くなって眠っていた。

毛布にくるまり、小動物のようにちんまりと。


「……ぬくい」


ぽつりと漏れたその言葉は、まるで子供のようだった。


レイガは思わず顔を緩めた。


「おい、初対面の相手の家で寝るなって……」


「……さびしいの、こわい。ひとりで眠ると、夢の中が、くらくなる。だから、そばがいい」


その告白は、レイガの胸に静かに刺さった。


ノクスの闇は、暗闇ではなく、“孤独”そのものだったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


翌朝。


「……ノクス、どこ行った!?」


「いませんわ。朝ごはんの時間なのに……」


「寝坊したのかな〜〜?」


そのとき。


「……パン、美味しい」


拠点の影から、スッと現れたノクス。

何事もなかったようにパンを頬張る。


「どこから出てきたの!?」


「影の中。朝ごはん、いい匂いだった。……レイガの手、あたたかい」


パンを抱きしめながら言うその姿は、まるで野良猫のよう。


「……レイガ、名前……ありがとう。ぬくもり、もらった気がする」


「いや、まだ名乗ってないけど!? いやもう、なんか……うん」


レイガは苦笑しながら、ノクスの頭に手を置いた。


「そっか。ぬくもり、大事だよな」


ノクスは、一瞬びくっとしてから――

そっと目を閉じて、頬を手にすり寄せた。


「……ぬくい」


その言葉は、昨日と同じだった。

でも、今日のそれは――


“ありがとう”という意味に聞こえた。


◇ ◇ ◇


その日から、レイガの影には、時々“もそもそ動く何か”が見えるようになった。


たいてい、それはノクスである。


彼女は今日も、静かに、影の中からレイガを見つめている。


「……お兄ちゃん、今日も……ぬくい」

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