林檎泥棒

「私を誘拐するのかい?」

 ガールが訝しそうに俺を見る。

「犯罪に加担するのは嫌なんですけど」

「取り敢えず聞いてくれ。この作戦の肝はこの文字通り“友情”だ」

 俺は強調するように黒板を叩いた。反応はない。悲しいね。

「ようはお姉ちゃんと京さんを仲良くさせようという話だろう?」

「理解が早くて助かるよ」

「じゃあなんで誘拐なんですか。しかもガールさんを」

 この質問は最初に来ると思っていたため、俺はチッチッチと名探偵がやるような仕草をやって見せた。反応はない。うん、悲しいって。

「誘拐するのは過去のガール、つまり八歳の“月宮林檎”だ」

「……」

「……」

 二人は絶句した。その反応も織り込み済みである。

「それで一旦誘拐したあとに、こっち、というか現代に戻ってくる。ただ戻ってくる前に手紙を京さんに差し出す。『月宮楓の妹を誘拐した。警察に通報すれば命はない。身代金は要求しない。その代わり、月宮楓にこの手紙の内容を即時に伝え、一週間後の夜八時、売布神社の境内にやってこい。そうすれば林檎は解放しよう。もう一度だけ念押しするが、警察に通報すれば命はない』ってこんな風にな」

「君もなかなかの事を考えるねぇ」

 ガールは若干引き気味だった。

「これ、でも上手くいくかもしれませんよ。楓さんは京さんに絶対恩義を感じるはずですし。現代で保護するならガールさんの家、単身赴任で誰もいなくて都合がいいし」

 いなせはどちらかというと納得してくれたようだった。

「そういう事だ。だから“友情”俺が考えられる限界はこの辺だ。けれども最善策だとも思っている。そう、確信している」

 という事があり、現在はガールの家に月宮林檎(八歳)がいるという奇妙な状況が発生した。因みにガールにトラウマを与える可能性も考えられたが、

「大丈夫じゃないかな。たまに知らない親戚に預けられたりしていたからね。最も自分の家となるとさすがに違和感は覚えるだろうが。不思議の国のアリスが好きだった当時の私なら素直に受け入れるだろう」

その辺もクリアした。幼いガールは本当にそのまま小さくしたようで可愛いの権化であった。因みにブロンドの髪はどうやら地毛だったらしい。つやつやしてて、きっと楓さんがいつも綺麗にしてあげていたのだろう。

「……お姉ちゃんの事、好き?」

 俺がそう聞くと、ガール(八歳)は読んでいた本を閉じて満面の笑みを浮かべた。

「うん! 大好き!」

 それさえ聞ければ、あとは良かった。

「ただいまーって変な事をしていないかい? それとされていないかい? 林檎ちゃん」

 ガールが帰ってきた。

「少しは荷物持ってくださいよ! ガールさん。というかそこのロリコンカスも手伝ってください。重いんですよ荷物が」

 いなせが買い物袋を持って帰ってきた。食品を冷蔵庫に入れ、リビングに集まる。最後にもう一度手順を再確認する。座標と時刻の設定。これを間違えれば、全てが台無しになってしまうからな。いなせとガールが念入りに千円札にあれやこれやとペンを入れる。

「準備、できましたよ」

「ありがとう。ガール、いなせ。それじゃあ林檎ちゃん、お姉ちゃんの所に帰ろうか」

「うん!」

 そうして、俺たちは九年前の売布神社へと飛んだ。

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