ドルチェ・ルミエール
宇治抹茶ひかげ
プロローグ
この物語はフィクションです。現実の団体、事象、その他の事とは一切関係のない一個人の妄想です。また、うつ、自殺、薬物の過剰摂取、流血を伴う過激な表現などがあります。心の弱い方、精神疾患をお持ちの方、現実とフィクションの区別がつかない方は、本作をお読みにならないようお願い申し上げます。本作を読んだことによって起こる一切の問題について、作者は責任を取りません。どうかよろしくお願いいたします。
「うーむ……ここも駄目か」
私はそう呟く。春の暖かな陽光が降り注ぐ部屋の中で、トレーナー姿の休学生が一人。胡坐をかきながらデスクトップPCのモニター前に座していた。万年床と漫画本、脱ぎ捨てた服、エナジードリンクの空き缶、使わなくなった家具。私という存在の定義は世間的にはどう映るのだろうかとコンマ一秒思案してみたが、どこからどうみても立派な引きこもりであった。大学時代の私には唯一友人と呼べる存在がいた。“夕暮 朝日”というなんとも奇怪な名前をした同回生の人物である。彼女は私が休学してからしばらく経ったある日、わざわざ京都からやってきて、私と私の部屋を見るなり開口一番こんなことを言った。
「野良猫のような匂いをしているね」
私は心底失礼だと思った。朝日は変わってしまった。朝日も私と同じ野良猫だったはずなのに。その時はジャーマンシェパードのような凛々しさを携えていた。京都府庁なるお堅い役所に勤めるとはそういう事なのだろうか。国家の犬だ。しかしエビスビールの箱詰めを渡してくれたのでよしとする。今は部屋の隅っこに段ボールの残骸だけがあって、そんなものを見て、私はぼうっと、朝日はこれからどう生きていくのだろうと思案した。二条辺りに家でも買うのだろうか。良夫に出会い子供に恵まれ、そしてジャーマンシェパードを飼うのかもしれない。そんな中、一人ぼっちの私はきっと何かを願うだけの、停滞の渦の中で独楽のようにぐるぐる廻るのだろう。私の名は“六分儀 京”と言う。精神を病んで帰郷した大学四回生の休学生である。
「この画面もそろそろ見飽きてきたんだけどにゃー。捻りが欲しい。なんだかこう、もっと個性っていうもんがさ。出版系の会社なんだから文章も面白くなくっちゃいけんでしょ」
私は独りであった。かつては社会学部社会学科文化社会コースなどといういかにもコミュニケーション盛んでキラキラした生活を送っていたわけであるが、現在は埃っぽい部屋の中で、遊ぶ友も愛を語らう恋人も、ゴロゴロとのどを鳴らす猫もいない。独りで猫をやる悲しき引きこもりになってしまった。どうしてこうなったのか。そんな過去に目を向け続ける無益な生活をしている。きっと学部選びが良くなかったんだ。いや違う最初に付き合った男がクズ人間だったのが良くなかったんだ。いや違う第三志望の大学に通うことによって生じた消えない劣等感の為にこのようになってしまったのかもしれない。けど、分かっているさ。本当は分かってるんだ。ティーンエイジよ、聞いてくれ。私は、全力にはなれなかったんだって。
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