第3話:真・朝ご飯!【前編】

 ぼくの身体は震えていた。

 それは寒いからでも怖いからでもない。


 喜びに打ち震える、武者震い……あるいはその両方。それほどまでに、ぼくの心は高揚していた。


 自分の単純さに、笑いさえ込み上げてくる。でも、嫌な気分じゃない。

 すぐに切り替わる自分の感情に、誇らしささえ感じていた。



 そう思えるようになったのは、もちろん──



「ありがとう、プリ姉。ぼく──」

「っていうかさぁ、ドレーくんには皇帝になってもらわないと困るんだよぉ」



 ……んん?



「しっかり皇帝になって、アタイの独占インタビューに答えてもらわないと。じゃないと、わざわざこんなメシマズ帝国に来た意味が無くなるんだよぉ!」

「め、メシマズ帝国……」



 うん、空気が変わった。

 さっきまで感じていた聖女めいたオーラは薄れ、なんかこう……楽しい感じになってきた。



「さぁドレーくん! 皇帝になるためにも、ぐずぐずしてる暇はないよ! 君がいま真っ先にすべきことはなんだ!?」



 今すべきこと? な、なんだろう……。



「えと、えと……皇帝らしいお風呂の入り方をするとか? よ、余ガァ──」

「さっさと風呂から上がって服を着るんだよぉ! いつまで裸でくっちゃべっとるんじゃい!」


「あッ! ご、ごめん!!」

「ぎゃああ! 今立つなぁ!!(カシャカシャカシャ──」



 皇帝ポーズを取ろうとしていたぼくは、慌てて湯船から立ち上がった。

 こだまするプリ姉の悲鳴。そして、その後に響く謎の連続音。



「……今のなんの音?」

 

「おっとっと。イヤリングに仕込んでた緊急カメラが起動しちゃった。ほら、アタイって危険な所によく行くからさぁ〜。シャッターチャンスを逃さないように、至る所にカメラを仕込んでるんだよぉ」



 おぉー、流石はジャーナリスト。

 ……って、もしかしてぼくの裸を撮ったってこと!?



「ちょッ、ちゃんと消してよ!?」

「くっふっふ。皇帝様の全裸写真とか、高値で売れるかもしれないね!」



 複数付けられた耳飾りの一つを小気味よく弾き、悪戯めいた笑みを浮かべる。くるりと反転し、大きく結ばれたポニーテールがまさにしっぽのように跳ね上がった。



「朝ご飯の準備ができてるから、早くおいでよぉ!」



 そう言い残して、プリ姉はパタパタと去っていった。

 次の瞬間、まるで気づいたかのようにお腹がくぅと音を立てる。


 プリ姉は料理をする時、ポニーテールにすると言っていた。


 期待に胸が膨らみ、お腹の音はぐぅぐぅと大きさを増していく。改めて自分の単純さに苦笑いしながら、それでも逸る気持ちを抑えきれず、ぼくは足早にお風呂場を後にした──。



 ☆



 部屋には、更にお腹を刺激する良い匂いが漂っていた。クロスが敷かれたテーブルにはフォークとスプーンが用意され、設けられた椅子に執事のミルタンさんが申し訳なさそうに座っている。



「あの……プリメッタ様。私なぞにはどうかお構いなく──」

「だーめ! ご飯は大勢で食べた方が美味しいんだから! ほら、ドレーくんも座って座って!」


「あ、うん」



 促されるままに席に着き、困惑するミルタンさんと目が合う。遠慮してるだけで、ミルタンさんも本当は嬉しそうだ。



「はい! じゃあまずはスープから。『カブのポタージュ』だよぉ。サラダも持ってくるから食べててね!」

 

「うん。いただきます」

「では、僭越ながらご相伴にあずかります」



 小さなカップに入った白色のスープ。スプーンですくい上げると、思った以上にとろみがあることに少し驚いた。


 口に含むと、優しい甘さとカブの香りが広がっていく。飲むというより噛むスープ。何度か咀嚼して飲み込むと、ぼくとミルタンさんは目を見開いて顔を見合せた。



「これはッ……」

「な、なんとッ!」



 こんなスープは食べたことがない!


 ぼくには食材も調理法も隠し味も分からない。ただ分かるのは、このスープがとてつもなく美味しいってことだけだ。



 このスープをお腹いっぱい食べたい衝動に駆られるけど、残念ながら量がとても少ない。

 小さなカップに入れられたスープは、スプーン二杯でほとんど空になってしまった。


 ただ、その量の少なさが食欲に拍車をかける。



「はい、サラダだよぉ! ポタージュはどうだった?」


 

 ベストなタイミングでプリ姉がサラダを持ってきてくれた。オレンジ色のドレッシングがかかったサラダが、ぼくにはまるで宝石のように見えていた。



「美味しすぎて一瞬でなくなっちゃった……」

「大変美味しゅうございますッ」


 

 ぼくたちの答えに、プリ姉は胸を撫で下ろしホッとした表情を浮かべた。



「あー良かった! ロヴァニア人って舌も頭もどーかしてるのかと思ってたけど、人間と同じ味覚してるじゃん!」



 うーん、ヒドい言われようだ。でも、それも仕方ない。

 こんなに美味しいものを食べてしまっては、今まで食べてきたロヴァニア料理はなんだったのかと考えてしまう。



「じゃ、サンドウィッチ持ってくるから、ちゃんと噛んで食べるんだよぉ!」


 

 パタパタと厨房へと引き返すプリ姉を見送り、ぼくはフォークを手に取った。


 キラキラと光るサラダに喉が鳴り、それでいて『サンドウィッチ』という言葉が頭をチラつきお腹が共鳴する。



(雛鳥になった気分だなぁ)



 プリ姉が戻ってくるのを心待ちにしながら、ぼくは心を躍らせながらサラダを口に運んだ──。

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