九話 悪ガキ、帰る
冒険の結末を見届けた悪ガキ達は、夕暮れ時の自然公園を歩いていく。遠ざかる朽ちた鳥居。陽の光が過ぎ去っていき、冷たい風が足元をよぎる。疲れ切ったサチオの肩に、子供達は身を寄せていた。まだまだ元気の残る子供達の足取りは軽く、地面の泥濘をものともしない。
「元気だな、お前ら。おいちゃんもう疲れたよ」
「何言ってんだよ。帰るまでが冒険だろ」
弱音を吐くサチオの背中をケンが叩く。いつも険しい表情のケンだが、晴れやかな屈託のない笑顔を向けていた。
「でも、結局お宝は持ち帰れなかったわね」
「帰ったらまた俺達悪ガキに逆戻りだな」
名残惜しそうにカメラを見つめるマッキー。ケンもつまらなそうに石を蹴る。ズクは急に帰路に着くのが嫌になった。何も成し遂げられなかったら、僕達はただの悪ガキのままだ。ズクは肩を落とす。
「そんなことないさ。お宝を持ち帰れなくても、お前らは立派なヒーローだよ」
サチオは疲れながらも小さく笑う。大きな手で、落ち込むズクの肩を押した。褒められた経験の少ない子供達は、照れ臭そうに身をすくませる。心なしか体が温まるような感覚が湧き上がった。胸温まる感覚に、ズクは顔を上げる。そこには、いつもより少し頼り甲斐のある叔父の姿があった。
「サチオもカッコよかったよ。僕を助けてくれたじゃん」
ズクの言葉に、サチオは顔を赤くし、頰を掻く。子供達に羨望の眼差しを向けられた事が無かったサチオは、戸惑いながら甥の顔を見た。そこには、しかめ面の甥はいない。幼いと思っていた甥は、少しだけ精悍な顔つきになっていた。
「ねえねえ、折角だからみんなで写真撮ろうよ!」
マッキーがカメラを切り株の上に置く。カメラには散り散りになっている悪ガキ達と、森から覗く夕陽が映っていた。
「写真なんてこっ恥ずかしいぞ」
「いいじゃん! 思い出に撮っておきたいの!」
マッキーはいつになく必死だ。ケンは渋々頷き、片膝をつく。ヒロもニッコリと笑い、二人の横に入った。疲れをものともせず、子供達はカメラの前に集まった。サチオもヨタヨタと歩き、子供達の後ろに来る。
「ほら、ズクもズクも!」
マッキーに連れられ、ズクは中央に入った。ケンは撮られるのが嫌なのか腕を組み、しかめ面をする。ヒロも写真を撮られ慣れていないのか不恰好なピースをした。
「いくよー! 三……二……一……」
マッキーがガッツポーズをした途端、シャッター音が鳴り響いた。ズクは驚きよろけ、砂利の上に転がる。真ん中のズクが転ぶと、ケンもヒロもマッキーもバランスを崩した。サチオも驚いて尻餅をつく。土を落としながら、ズクは立ち上がる。
「もう! ズクのドジ!」
マッキーがワンピースに付いた汚れを拭く。ケンも手足を泥だらけにしていた。マッキーは慎重に歩き、カメラを取る。ヒロもキャップで身体中を叩いた。
「あははは! 見てこれ! 面白い写真!」
マッキーはカメラの映像を見るなり、笑いころげる。一同は顔を寄せながら映像の前に集まった。写真を見た途端、皆笑い始める。
「ギャハハ! ヒロ、目瞑ってやんの!」
「そう言うケンだって白目剥いてるじないか」
写真の中の子供達は、ひどく不恰好になっていた。ガッツポーズのまま尻餅をつくマッキー。目を瞑って頬にピースがめり込むヒロ。白目を剥いて飛び上がるケン。サチオも子供達がバランスを崩した拍子に、腹を打って今にも吐きそうな顔をしていた。静かな森に、賑やかな笑い声が響き渡る。
「あれ? これ……」
ズクが目を凝らして写真を覗く。しばらく笑っていた子供達も、写真を凝視した。ズクが指差す先には、川沿いの岩に誰かが寄りかかっている。作業帽子を目深に被った、痩せぎすの男。ズクが顔を上げると、写真と同じ場所に男がいた。片足の布切れをなびかせ、男は静かにこちらを見ている。ズクも子供達も、もうこの男に恐怖を感じることはなかった。
「元気でな!」
ズクが手を振ると、男はゆっくりと立ち去る。穏やかなシャクナゲの残り香が、ズクの鼻に入ってきた。子供達も名残惜しそうに手を振った。
結局あの子達が帰ってきたのは、その日の夜中だったねぇ。手足を泥まみれにして帰って来て、アタシゃ驚いたよ。あの子達が長い長い冒険をして来たのはよく分かったけど、アタシはあの子達が帰って来たらうんと怒った。渋谷さんの所のマサは、朝からアルバイトを休んで弟を探していたし、日暮里(にっぽり)さんも血眼になって探していたからね。板橋さんのご両親なんて、泣きながらアタシの所に来たよ。だからうんと叱って、その後に思いっきり抱きしめたわ。あの子達も言い返す事なく、アタシを抱きしめてくれたよ。いつもは聞かん坊の悪ガキ達だけど、なんだかちょっぴり大人になったみたいだね。
幸男さんは終始子供達を庇っていたわ。ズクのお父さんは息子を叱ったけど、その時も幸男さんはズクを責めるなと言ってたねぇ。まさか幸男さんがあんなに子供達を庇うなんてね。普段の態度からは想像もつかなかったよ。
あの子達の冒険は、きっとあれで最後だったのかもしれないねぇ。あの仲良し悪ガキ軍団も、いつかは離れ離れになるだろう。でも、あの子達はかけがえのない冒険をしてきたんだろうね。あの子達の目を見ているとよく分かるよ。
とばりが丘物語 一途貫 @itcan
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