ギルドの受付嬢は今日もフラれている

ニノハラ リョウ

第1話

「みなさぁ〜ん! おはようございますっ♪ 今日も元気にクエスト消化、よろしくお願いしまぁす!」


 ここはとある街の冒険者ギルド。

 冒険者ギルドといえば、腕に覚えのある人間が集まる場所だ。

 たいていの場合、むさ苦しい男たちの溜まり場となっているが、この街のギルドは少し事情が異なっていた。


「ひゅー! 今日もリーンちゃん可愛いねぇ! オジさんダンジョン探索頑張っちゃうぞー!」


 暗所探索用の魔道具であるはずのトーチを振り回しながら筋骨隆々な冒険者が叫べば、周囲からも同じような歓声があがる。


 歓声の先にいるのは、一人の受付嬢だった。

 受付嬢にしてはフリルやレースに彩られた衣装を着込み、頭の両脇の高いところで結ばれた髪はゆらゆらと愛らしく揺れている。

 むさ苦しい冒険者たちの声援に応えるこそ、このギルドの名物受付嬢のリーンだった。


「リーンちゃん! そろそろ出発するからいつものよろしくぅ!」


 男たちの声援が盛り上がり、至る所でトーチが揺れる。

 室内とはいえ朝の光で十分に明るいはずのギルドは、まばゆいほどの光に満ちていた。


「はぁい! じゃ! いっくよぉー!

 今日も元気に! らぶらぶファイアボールちゅどーん♡

 それではみなさん! have a nice day♪」


 ピシっとポーズを決めたリーンにひとしきり歓声が上がった後、冒険者たちは三々五々に散って行ったのだった。


◇ ◇ ◇


「……はぁ、もういい加減辞めたいんだけど?」


 ギルドマスターの部屋で行儀悪く足を開いてどかりと椅子に腰を下ろしたのは、さっきまで冒険者たちの声援を浴びていたリーンだった。


「そうは言ってもネ。『リーン』のおかげで、ウチのギルド達成率は高いし、死亡率は低いしで万々歳なんだよネ」


 ギルドマスターのナグーに諭されても、リーンは俯いたままだ。


「そもそもさぁ! オレ男なんだよっ! 冒険者になりたくてナグーオジの元に修行に来たのに、なんで女の格好して受付嬢しなきゃなんないんだよっ!」


「大変お似合いですよ?」


「ニーノは黙っててっ!!」


 いつの間にか部屋の隅に佇んでいた人物に、リーンが言い返す。

 ニーノと呼ばれた人物はズレてもいない色付き眼鏡をクイっと動かして口を閉ざした。


「でもネ。街の領主のウーネ様も応援してくれてるしネ。

 もうちょっと頑張って」


 ナグーの言葉にリーンはガックリと肩を落としたのだった。



◇ ◇ ◇



「ねぇねぇリーンちゃん! いつものお願いっ!」


 受付にいたリーンにそう声をかけたのは、最近この街にやってきた女冒険者だった。


「えぇ~。またぁ~」


 うんざり……というよりは気になる女の子に、あの姿であんなセリフを吐いてるところを見られたくないという男心がリーンの中で働いていたのだが、目の前の彼女にはそんな事情は伝わらない。


「お願いっ! そこを何とかっ! なんかリーンちゃんに応援してもらうと、頑張れる気がするのっ!」


「うーん。仕方ないなぁ」


 リーンが受付の椅子を軋ませ立ち上がると、まわりにいた冒険者の視線も集まってきた。


「お! リーンちゃんやるのかいっ!?」


「よっ! 待ってましたぁ! 俺らのリーンちゃん!」


「……ぐまっ……」


 ギルドの片隅に二足歩行のクマがいたが、もはやギルドの冒険者たちは誰も気にしていなかった。


「はぁい~! みんないっくよぉ~!

 今日も元気に! らぶらぶフレイムスピアちゅどーん♡

 それではみなさん! have a nice day♪」


 うぉぉぉぉ! とギルド全体が盛り上がる。

 その中にはもちろん女冒険者の姿もあった。


 若干虚ろな目をしながら、喜び勇んで出かけていく彼らを見つめるリーンの姿を、黒い色付き眼鏡を無駄に光らせたニーノだけが見ていた。



◇ ◇ ◇



「あらぁ? アークじゃなぁい? 今帰りぃ?」


 ギルドの仕事を終え、男性の服を着たリーンが歩いていると、後ろから声をかけられた。

 アークァリーン。

 それが本来の彼女、いや彼の名前である。親しい人は男装中の彼をアークと、男の娘中の彼女をリーンと呼び分けているのだ。


「あぁ、お疲れ様です。ミッツィさん」


 アークに声をかけてきたのは、大量に食料の入った紙袋を軽々と持ち運ぶ、じょ……いや男性だった。たぶん。


「あらあら~? 最近スキンケアサボってない~? オハダが荒れていてよ?」


 するりとアークの顎を撫でながら、ミッツィが言葉とは裏腹に心配そうに見やる。


「オレ……冒険者になりにきたのに……っていたっ!?」


 どんよりと肩を落とすアークの背をバシンとミッツィが叩いた。

 すらりとした見た目とは裏腹に、その力は強い。


「大丈夫よぉ~。なにせこのアタクシが稽古をつけてるのよぉ~? そんじょそこらの冒険者より強いにきまってるじゃない~」


「そうですかねぇ?」


「そうよぉ~」


 くねくねと身体を動かすミッツィを胡乱気に見るも、彼が剣術も体術も強いのは本当のことだ。

 ギルマスのナグーに武術の師匠だと紹介された時は、その見た目故に侮ったものだが、手合わせで一秒もかからず空を仰ぎ見ることになった結果、アークはミッツィの元で武術を熱心に学んでいるのだった。


「今日もお稽古してくぅ~?」


 言い方は優雅だが、ミッツィの稽古は生半可な根性ではついていけないレベルだ。

 ただ自分が強くなっているという実感も湧くため、受付嬢の仕事で実戦を積めない今、冒険者になる夢を諦めない為のよすがともなっていた。


 そしてミッツィのあとをついていった結果。


 ミッツィの家に併設された鍛錬上で、暮れなずむ空を見上げることになったのだった。



◇ ◇ ◇



「みなさぁん~! 今日も元気に! らぶらぶアイスランスでちゅどーん♡

 それではみなさん! have a nice day♪」


 もはや恒例となった一席を終え、リーンは受付の椅子に腰を下ろした。


「……そういえば、今日彼女いないな?」


 ふと、視線の先にいつもの女冒険者がいないことが気になった。


「ん? リーンちゃんどうかしたかい?」


 リーンの呟きを拾ったのは、いつもギルドのランカーたちの最前線を行き、リーンのライブでは最前列を維持している冒険者の一人だった。


「あぁ、イーチコさん。ほら……最近この街にきた彼女、今日いないなぁって」


 いつもはリーンの激励を聞かないと冒険にでない! って言ってるのに……。

 どこか嫌な予感がしてならない。


「あぁ、彼女か……そういえば彼女……奴らに声、掛けられてたような……?」


 イーチコの顔が不安げに歪む。


「奴らって……まさかっ!?」


「そう、次問題を起こしたらこの街から追い出すってナグーギルマスに突き付けられてる奴らだよ」


 それはこの街でも悪い意味で有名な冒険者たちだった。

 腕はあるのだが、性格が悪くパーティを組んでも問題を起こしてばかりなので、ナグーが次問題を起こしたら、このギルドから出て行ってもらうと最後通牒を突き付けていた連中だ。

 しかも、その素行の悪さは領主のウーネの耳にも届いていて、ナグーのギルドにいられなくなった時点で、この街にもいられなくなることが決定している位なのだ。


「……まさかっ……アイツら?!」


 嫌な予感が決定的なモノになる。

 アイツらは前の街を、同業の女性をクエスト中に乱暴したことで追い出されているのだ。

 ナグーギルマスの元で更生できなければ最後とも言われていた悪名高い連中だった。


「おぃ?! リーンちゃん?!」


 受付のカウンターを飛び越えて、リーンが外へ続く扉へと駆け出す。


「リーンさんっ!」


 ニーノの制止の声がギルドに響く。


「ニーノっ! 止めるな! 彼女が危ないかもしれないんだっ!」


「分かってます! が! せめて男装してってくださいっ!」


 衣裳を汚さないでくださいっ! と叫ぶニーノに、リーンと衣裳とどっちが大事なんだよとか、そもそも男装じゃねぇ!とか納得できない物を感じながら、しぶしぶ着替えて外へと飛び出したのだった。


「ぐまっ!」


 外に飛び出したら、何故かそこにはいつも最前列下手にいるクマが待ち構えていた。

 まるでこっちだ! とでもいうように手招きするクマに一瞬戸惑うも、コクリと一つ頷きを返す。


「案内してくれるんだね! 彼女の元まで!」


「ぐまぁ!」


 走り出したクマを慌てて追いかける。

 かなりのスピードで駆けていくクマを追いかけることができるのも、ミッツィの鍛錬の賜物だろう。


 街の外に出て、平原を駆ける。


 駆けて駆けて……。


 たどり着いた先で聞こえてきたのは……


「やめてぇ!!!!!」


 彼女の悲鳴だった。


「こんのやろうっ!」


 悲鳴の方へ駆けていけば、押し倒されている彼女と、彼女を抑え込んでいる冒険者の姿があった。


「うっせぇなぁ! 弱っちぃお前のクエストに付き合ってやってんだから、これくらい礼しろよっ!」


「いやぁぁぁぁ!!」

 

 びりりと布の裂ける音が響く。

 絶望に彩られた彼女の悲鳴を耳にして、アークの目の前が怒りで真っ赤に染まる。


「なにやってんだぁ!」


 クマを追いかけてきたスピードのまま冒険者に肉薄する。

 勢いを殺さないまま、彼女を抑えるためにがら空きだった脇腹に飛び込むように蹴りを放つ。


 面白いほど転がっていく男を後目に、倒れたままの彼女の手を引いて抱き起す。


「だいじょうぶ?!」


 慌てて顔を覗き込めば、急な展開にどこか呆然とした彼女と視線が絡んだ。


「あ、あの……助けていただき……ありがとうございます」


 どこか他人行儀に、それでもはにかむように微笑んでお礼を言う彼女に、アークの胸はきゅんと高鳴った。

 それを誤魔化すように咳ばらいを一つして、服を破かれた彼女に自分の上着を明け渡す。


 上着を脱いだことによって、意外に鍛えた胸元が露になり、それを見た彼女が頬を染めたことに気づかないまま。


「っ!? おまっ! なにもんだ!」


 アークの蹴りで転がっていった冒険者が立ち上がる。

 彼女を庇うように、アークもまた、男と対面した。


「お前に関係ないだろう。あぁ、この件はちゃんとナグーギルマスに報告しとくから。

 荷物をまとめとけよ」


 この街にいられなくなるんだからなと付け加えれば、怒りで男の顔が真っ赤に染まる。

 だが、一変してにやりと下卑た笑みを浮かべた。


「てめぇらをここで始末しときゃあナグーにバレねぇな」


 腰に差してあった剣を抜き去って、男が構える。

 女冒険者が怯えたように肩を揺らすのを見て、アークは覚悟を決めた。

 そして何故か臨戦態勢になるクマ。

 

「けけっ! 死んどけよぉ!!」


 瞳孔が広がった目をぎらつかせ、男が肉薄する。

 それはかなりのスピードだった……はずだが。


 ミッツィの鍛錬によって鍛えられていたアークにとって、それは児戯のような動きだった。


「遅いよ」


 男の振りかぶった剣を紙一重で躱しつつ、アークの固められた拳が、男の腹の急所を正確に打ち抜く。


「げへぇ!?」


 自ら突進してきた勢いも相まって、男の腹に打ち込まれた衝撃はかなりのものだったのだろう。

 ぐるりと白目を剥いた男の身体が、がくりと平原に倒れた。


 ぴくぴくと痙攣しながら気絶している男を見て、アークは思わずため息を吐いた。


「しまった……気絶しちゃった……どうやって運ぼう」


 めんどくさいと表情に浮かべながらそう呟くと、ポンと肩を叩かれた。

 振り向けば、二足歩行のクマが、まるでオレに任せろと言わんばかりに頷いていた。


 どうしてクマが人語を解するのか、そもそもなんでこんな協力的なのか……と今更なことが頭を巡るが、普段リーンの声援を見に来ているクマを疑問に思ってなかったのだから、今更なのだろう。

 

「……じゃあ、ナグーギルマスのところまで運んでくれる?」


「ぐまっ!」


 答えるのと同時にクマがその広い肩に男を担ぐ。

 そのまま勢いよく走り去っていった。


「わぁ、早い」


 一人と一匹を見送っていると、後ろから声をかけられた。


「あ、あのっ! 助けていただきありがとうございます!」


「あ、いえ。無事でよかった」


 彼女が無事であることにほっと安堵の気持ちがこみ上げる。

 へにょりと緩む表情筋に、目の前の彼女の様子がどこかおかしくなる。


「あ、あの! あなたもウーネ様の街に住んでるの?」


「え……? え、オレは……」


「ギルドで見たことないから、冒険者の方じゃないのかな? なのに凄い強いんですねっ!」


 そこまでの彼女の発言で、アークはようやく理解した。

 彼女はオレがリーンである事に気づいていないと……!!


 いや待て。

 毎日受付で声援を浴びている受付嬢と、今の自分が同一人物であると彼女にバレた方がいいのかよくないのか?!

 それは非常に悩ましい問題だった。


「えっと、お名前聞いてもいいですか?」


 どこかうっとりとした表情の彼女に促されるように口を開く。


「あ、えっと、アークと……」


 気づけばそう答えていた。


「アークさんって言うんですね! ウーネ様の街の方ならまた逢えますか? わたし、冒険者をしてるんでよくギルドにいるんですが……」


「あ。あぁ……うん。オレもよくギルドに……」


 いるな。むしろ毎日いるな。……リーン受付嬢としてだけど。


「じゃあまたお会い出来ますね!」


 グイグイ来る彼女にどこか呆然としたまま頷きを返す。

 え? これどう誤解を解けば!?


「いや……あの……オレ……」


「じゃ! またギルドでっ! わたしこれからナグーギルマスにあの卑怯な男のこと報告してきますねっ!」


 そう言って走り去っていく彼女を……思わず見送ってしまう。

 襲われかけた割に結構元気だな……とか思いながら。


「って! オレっ! オレぇぇぇぇ!」


 アークの叫びが、平原に虚しく木霊したのだった。



◇ ◇ ◇



「という訳なんだけど、リーンちゃん、アークさんって方知らない?」


「……え?」


 今日も今日とてリーンと女装して受付に立っていたリーンの前に立ちふさがったのは、彼女だった。

 知ってるも何も、自分がアークですが何か? と思いながらばらすタイミングを計っていると、彼女がわちゃわちゃと手を振った。


「あ! やっぱりだめっ! リーンちゃんはアークさんのこと気にしちゃダメ!」


「え? なんで……?」


「だってリーンちゃん可愛いから! リーンちゃんがアークさん好きになったら……わたし勝ち目ないし……」


 しゅんと肩を落とす彼女に、そんなことぜったいあり得ないと告げようと口を開こうとしたが……。


「でもねっ! アークさんだけは譲れないんだっ! リーンちゃんがライバルになっても負けないんだからねっ!」


 そう言ってあっという間に駆け出していく彼女に、伸ばした手は届かなかった。


「え……? 待って……? 本当に待って?」


 混乱しているリーンに、大きな影がずずいと近づいた。

 見上げればそこにいたのはイーチコと同じくらい有名な冒険者であるジーンだった。


「よぉ! リーンちゃん! 俺今日からしばらくダンジョンに潜るから! いつもの頼むぜっ!」


 にっかりと笑ったジーンが、どう手を加えたのか、普通は白い光を放つだけのトーチの先に赤い光を灯しながら声をかけてきた。


 走り去っていった彼女も、ジーンの声が聞こえたのかいつもの定位置に立つ。

 クマは最前列だが大きい身体が邪魔にならないよう配慮なのか下手に、イーチコはどどんと最前列でワクワクとした表情を浮かべて待っていた。


 ギルドの扉の前にはギルマスのナグーと、いつの間に現れたのかお忍び姿のウーネが立っていて。

 受付のカウンターの隅ではニーノが色付き眼鏡をくいくいしつつ、不用意にリーンに近づこうとする者を警戒していた。


 ワクワクとした期待感に満ちたギルドの空気に……。


 リーンは覚悟を決めた。


「みなさぁ〜ん! おはようございますっ♪ 今日も元気にクエスト消化、よろしくお願いしまぁす!

 今日も元気に! らぶらぶライトニングボルトぉちゅどーん♡ それではみなさん! have a nice day♪」


to be continued?

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