ボロボロの奴隷を育成してメイド喫茶を開いたら、勇者も魔王も「おかえりなさいませ」を聞きに来る件。お願いだから君たちは世界を救ってください。

加々緒豆太

第1話 転生、そして猫耳

 「すまん店長……やっぱ、限界っすわ」


 がらんとした喫茶店の厨房に、最後のアルバイト・真由の声が虚しく響いた。


 「え、ちょ、待って。今月のシフト……君が抜けたら、俺ひとりで全部——」

 「マジで無理っす。あと、今日で辞めるんで。お疲れしたー」


 パタン。軽い音とともに閉まるドア。静寂。聞こえるのは冷蔵庫のブーンという音だけ。


 「……はは」


 取り残された店長の俺はただ笑った。ひきつった顔で。震える手でコーヒーカップを拭いていたが、それを落としたことにも気づかない。


 「もう、無理かも」


 限界だったんだ――。


 照明が蛍のように滲む深夜の喫茶店で、俺はひとり、床に倒れていた。

 片手には洗い残したマグカップ、もう片方は拭き残しの伝票。


 ――気がつけば、意識が暗転していた。



 ☆



 次に目を開けた時、そこはビルでもアスファルトでもなかった。

 陽光は柔らかく、風は草と石の匂いを含んでいる。


 俺は、異世界にいた。


「お兄さん、大丈夫?」


 最初に声をかけてきたのは、猫耳がついた少女だった。

 淡い桃色の髪をポニーテールに束ね、首元には「配達中」の札。

 あまりに自然な猫耳に思考が停止しかけたが、それよりも――。


「……ここ、どこだ?」

「王都アルファリアの南側、外れの市壁沿いだよ。倒れてたから声かけてやってんだよ」

「……猫が喋ってる!」

「猫じゃないっ! 猫族! コレット・フィリアっていう、れっきとした旅の配達人!」


 ツッコミの声が元気で、どこか安心した。


 混乱しながらも状況を整理するうち、俺――ユウトはこの世界では「異邦人」という扱いらしいと分かった。


 通貨は見たこともない銀貨。魔法も実在するという。王都では冒険者や商人が暮らし、魔王との戦争が続いているのだとか。


 転移者――いわゆる『異世界から来た人間』はまれに現れるが、戦闘スキルを持たない者は路地裏で野垂れ死ぬ運命にあるという。


 まるで俺のための説明のようだ。


「どうする? 死ぬ?」

「なんだその絶望的な問いは……っていうか、そもそも俺、喫茶店で働いてて過労で死んだっぽいから――」

「きっさてん? なにそれ。新しい種族の名前?」

「いや……コーヒーや紅茶を出して、お客さんにゆっくりしてもらう場所だ。ちょっとした癒しの空間だよ」


 コレットは目をぱちくりさせた。


「えーっと……それって、酒場みたいなもの?」

「ちょっと違う。静かで落ち着いてて、おしゃれで、店員が丁寧で優しくて……あ、店員がメイド服とか着てることもある」

「……メイドってなに?」

「家事をする女の子。……メイド服っていう制服が可愛くてやばい」


 俺の声が少し熱を帯びる。だがコレットはまだ理解できていない様子で首をかしげる。


 ——そして、ふと俺の脳裏に電流が走った。


(待てよ。今、目の前にいるのは……)


 コレットを見た。金髪、猫耳、快活な笑顔。可愛い。そして若い。


(——この世界には、喫茶店も、メイド文化も、無い……)


 俺は立ち上がった。


「やべえ……これ、猫耳メイド喫茶が作れるぞ……!」

「なに独りでテンション上がってんの?」

「おい、コレット! 一緒にメイド喫茶やらないか!?」

「えっ」

「絶対バズる! 異世界革命だ! 本物の猫耳メイドがお出迎えする喫茶店なんて、唯一無二じゃん!」

「……ちょっと待ってって。私旅の途中で配達員やってんの。よくわかんないけど、仕事はやめらんないって」


 にこりと笑って、コレットは肩をすくめた。


「……そっか。残念」

「でも、あっちの道を行けば、奴隷商があるよ? そこで人手を集めれば、メイドってやつも作れるんじゃない?」

「奴隷か……」


 一瞬俺はドキッとした。

 異世界で文化も違う。元居た世界に奴隷なんてなかったし……。


 ただ、俺がやろうとしていることは、奴隷を助けるような意味も孕ませられる。


 コレットが指さす方向。そこには、俺の運命を変える場所が待っていた。


「よし……俺、やるわ。異世界で、本物のメイド喫茶、作ってやる」


 俺はコレットに「ありがとう」とお礼を言って、すぐに奴隷商のいる方に向かった。


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