カレスアンド一家物語

敷知遠江守

第1話 ゴブリンの襲来

 キシャーーー!!!


 奇怪な背の低い化け物がこの世のものとは思えない奇声を発している。

 その手には錆びついたナイフを手にしており、木製の柵の間から刺しこんできている。

 化け物はボロボロの腰布一枚。体のわりに顔が大きく、体色は使い古した油のような色をしている。


 そんな奇怪な化け物が何十、何百と群れをなしている。

 一体、また一体と柵をよじ登って来る。


 柵の内側では、男たちが手に手に武器を持ち、柵を越えようとする化け物を斬りつけていく。だが、どう見ても多勢に無勢。


「イングヴァール! 前回壊された柵を見に行ってくれ!」


 イングヴァールと呼ばれた若者が、同じくらいの若者に向かってこくっと頷き、隊列から離れて駆けて行った。

 数人の男がそれに続く。


 イングヴァールを見送ると、若者は諸刃の剣で柵の上を横薙ぎにした。

 まとめて二体の化け物に剣が当たる。

 左の化け物は胸から肩、右の化け物は首を深々と斬りつけられ、どす黒い血を噴き出して柵の向こうに落ちた。


「おお、やりますな、若様! これは俺たちも負けてられないぞ!」


 『若様』の華麗な剣技に領民たちが奮起する。


 領民が『若様』に刺激を受けて雄叫びをあげながら板斧を振う。

 ところが次の瞬間、その領民が仰向けに倒れた。

 見れば喉を一本の矢が貫いてしまっている。斧を持つ手がピクピクと痙攣してる。


「誰か、シグリッドの所に運んでやってくれ! それと柵から身を出すな! 柵を越える奴は越えた後で斬れば良い!」


 二人の領民がその場に武器を置き、喉を撃たれた領民を抱えて柵の前から離脱していった。

 

 他の地区では、町を守る障壁といえば石かレンガが一般である。だがこの町の周辺には石切り場が無い。そしてなぜかこの周辺の土では、レンガを焼いた際にひび割れて崩れてしまう。

 仕方なく等間隔に木の杭を打ちそこに木の板を貼っている。その為、こうして化け物の迎撃は領民がその手にした武器によって行うしかないのだ。


「マグヌス兄さん! 射手の部隊を見つけた! これから一体づつ狙撃するから、もう少し我慢してください!」


 先ほど『若様』と呼ばれた若者に、背後に設けられた高櫓から声が投げられる。

 

「皆、聞いた通りだ! もう少しの辛抱だ! これが終わったら明日は勝利の祭だ! 命を粗末にするんじゃないぞ!」


 言いながらもマグヌスは剣を柵の隙間に突き入れ、化け物の胸を貫いていく。

 シュウという音を立てて柵の隙間から化け物の血が飛んでくる。


「今回の祭りは一際派手にやりましょうや! ねえ若様!」


 マグヌスの檄に領民たちが応える。

 辛い今より楽しいであろう明日の事に思いを馳せる領民たちの頭上を矢が飛んで行く。


「クヌート様、あれを! やつら草玉を投げて柵を燃やそうとしています!」


 櫓の上から悲痛な声が聞こえて来る。


「見えている! 射手の前にあいつらを狙撃する! スヴェン! 聞こえてるか!」


 クヌートのいる高櫓から少し離れた所にある高櫓から矢が飛んで行く。


「もう対象は変えていますよ! 残りは五匹! それよりクヌート様はゴブリンたちの大将を探してくださいよ!」


 スヴェンはそう言うのだが、陽が高ければまだしも、もう日が傾いてしまっている。遠くの方、特に森の木陰はよく見えないのだ。



「うわぁああああ!」


 領民の一人が悲痛な叫び声をあげる。

 見ると領民の前の柵が破壊されている。


 マグヌスが急いで開いてしまった柵に向かう。

 今まさに領民の顔面に棍棒を振り下ろそうとするゴブリンに向かって諸刃の剣を突き差した。

 領民にゴブリンの血が降りそそぐ。


「ひぃぃひいぃぃぃ」


 領民が怯えて後ずさる。

 その領民の前にマグヌスは立ちはだかった。

 武芸自慢の領民が三人ほどマグヌスの左右を固める。


 ギシャギシャギシャ!

 ギギギィィ!

 ギャガギャガ!


 ゴブリンたちが何やら騒ぎ立てる。

 一斉に空いた柵に詰めかかった。


「敵が集中して好都合だ! ここを集中して守るぞ! 他の者は棍棒を持ったゴブリンを集中して倒せ!」


 一体、二体、三体、次から次へと襲い来るゴブリンを、マグヌスは冷静に切り刻んでいく。

既にゴブリンの血の油で剣の柄は滑りやすくなってきている。


 その間もマグヌスたちの頭上にはクヌートたちの矢がひっきりなしに飛んで行っている。


 すると突然イングヴァールが向かった方角から破裂が鳴り響いた。


「相変わらずリキッサ様の魔法は派手ですなぁ!」


 マグヌスの隣の領民が口髭を上下させながらゴブリンを一体仕留める。


「あいつはああいう派手な魔法以外は性に合わないと言って覚えなかったらしいからな。我が妹ながら困ったものだ」


 そんな事を言いながらもマグヌスは三体のゴブリンを仕留めた。


「そういえば、エリク様の嫁取りは明日でしたな。お相手の方もよく、こんなところに嫁いで来る気になりましたなあ」


 領民が剣で足下のゴブリンに止めを刺す。


「こんなところは無いだろう。これでもうちはれっきとした辺境伯家なのだぞ。事情を知らなきゃ普通に嫁いでくる娘の、一人や、二人」


 マグヌスがゴブリンを葬りながら笑って抗議すると、領民たちも笑い出した。


 ゴブリンたちはマグヌスたちの武芸に怯み始め、柵の向こうでこちらを睨んでいる。

 どうやら全体的にゴブリンたちの戦意が衰えて来たように感じる。


 しばしの休憩でマグヌスは腰の筒を口に当て中の水を喉に流した。

 からからになった喉に井戸の水が心地よく沁みわたる。


「皆、あと一息だ! もう一息で追い払える! 最後の気力を振り絞れ!」


 そう叫んだマグヌスに向かって一本の矢が飛んでくる。

 マグヌスは冷静に剣をかざしてその矢を防いだ。


 すると遠くから何やら自然界には存在しない変な音が聞こえた。

 少しゆっくりめに火球がこちらに向かって飛んでくる。

 火球は領民の頭上を越え、ゴブリンの群れに向かって飛んで行く。


 ブワァン!


 猛烈な破裂音と共に火球が破裂。

 衝撃波を伴いゴブリンたちに容赦なく襲い掛かった。

 火球の中心付近にいたゴブリンの集団が肉片となって飛び散った。


 さらにその周囲にいたゴブリンにクヌートたちの矢が容赦無く降り注ぐ。


 リキッサの魔法はどうやらゴブリンたちの士気を挫いてしまったらしい。

 群れの後方にいた者たちから順にカルーガ山脈に向かって撤退していったのだった。


「俺たちの勝利だぁぁぁ!」


 マグヌスが雄叫びをあげる。


「「「おおおおおお!!」」」


 それに応えるように領民たちが一斉に雄叫びをあげた。

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