第3話 舞子と鳴海


数時間後、舞子は鳴海が住む古賀町のアパートに到着した。チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開かれ、痛々しげに包帯を巻かれた足を引きずる鳴海が顔を出した。

「舞子さん…来てくれてありがとう。」

鳴海の顔には、憔悴の色が濃く浮かんでいた。舞子は、まず鳴海の足元に視線を落とし、心配そうに尋ねた。

「足、大丈夫ですか?無理はしないでくださいね。」

舞子に促され、鳴海はソファに座った。舞子はテキパキと鳴海の足の包帯を巻き直し、冷湿布を取り替えてやる。その手つきは、幼い頃に栞の怪我の手当てをした時と変わらない。鳴海は、舞子の優しい気遣いに、少しだけ張り詰めていた心が緩むのを感じた。

手当てを終え、舞子は鳴海の向かいに腰を下ろした。そして、真っ直ぐに鳴海の目を見つめ、切り出した。

「鳴海さん、以前サービスエリアで、あなたたちが『貞子さんの抜け殻を利用する』と話していたこと、私にはまだ完全に理解できていません。奈緒さんの現在の状況、そして雫さんの失踪…これらが、あなたたち水野姉妹の企みと関係しているのではないかと、正直、疑念を抱いています。」

舞子の言葉は、容赦なく核心を突いていた。鳴海の顔から、先ほどの安堵の色が消え、緊張が走る。彼女は目を伏せ、沈黙した。アパートの部屋には、重い空気が満ちていく。

「隠さずに話してください。何があったのか、全て教えてほしいんです。そうでなければ、私たちも協力できません。」

舞子の声は、静かだが強い響きを持っていた。鳴海はゆっくりと顔を上げ、舞子の真剣な瞳に応えるように、覚悟を決めた表情で口を開いた。その顔には、隠しきれない苦悩が滲んでいた。

「…舞子さんの言う通りです。私たちには、隠していることがありました。」

鳴海の告白に、舞子の表情は変わらなかったが、その瞳の奥には確信の色が宿る。

「私たちは、貞子さんの抜け殻を操っていた黒い影の存在に、以前から気づいていました。それは、ただの怨念ではなく、もっと根深い、この世の理を歪める力を持つ存在だと…」

鳴海は、言葉を選びながら続けた。

「そして、その影を完全に封じるためには、貞子さんの抜け殻が解放された今もなお、何らかの形であの力がこの地に残る必要がありました。奈緒は、その残滓に共鳴し、自身の過去と向き合おうとしていた…それは真実です。しかし、同時に私たちは、奈緒を媒体として、その黒い影の力を制御し、利用することで、この地に残る全ての負の連鎖を断ち切ることができると考えたんです。」

舞子の顔に、驚きと同時に失望の色が浮かんだ。彼女たちの思惑が、奈緒を危険に晒していたのだ。

「しかし、奈緒は…私たちの予想以上に、影の力に深く侵食されてしまいました。あの時、雫さんが来てくれなければ、奈緒は完全に影に飲み込まれていたでしょう。雫さんは、奈緒を解放してくれた後も、黒い影の残滓を追っていました。奈緒が再び異変を起こした時、雫さんはきっと、その影を追って…奈緒の元へ向かったんだと思います。」

鳴海は、悔恨に満ちた表情で語った。

「全ては、私たちの甘い考えが招いたことです。奈緒を救うため、そして、この黒い影を完全に消滅させるために、どうか…舞子さんの力を貸してください。」

鳴海の言葉は、舞子の心に複雑な感情を呼び起こした。水野姉妹の企みは、確かに危険で、結果的に奈緒を再び危機に陥れた。しかし、彼女たちの根底にあったのは、この地に蔓延る負の連鎖を断ち切りたいという強い願いだった。そして、雫が黒い影を追っているという事実は、舞子にとっても見過ごせない。

舞子は深く息を吸い込み、決意を固めたように鳴海を見つめ返した。

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