第三章 その6

 終点駅で降りると辺りはすっかりと暗くなっていた。最初に大きな公園を探して寝る場所の確保をしなければならないのだけれども、私の口からは違う言葉が出てきていた。

「お腹空いた」

 信じられない物を見る様に青木が私の顔を見たけれど、段々と顔を歪めて最後には高らかに笑い始めた。

「そうだな、メシにしよう」

 どちらかが言い出す事もなく、近くにあった安いファミリーレストランへと入る。お互いに普段は注文しないような高い料理を頼み、ドリンクバーも付けた。かなり豪勢になった。

 何も話さずに黙々と食事を食べていたけど、不思議と暗さはなかった。きっと青木が最初に笑い飛ばしてくれたからだと思う。

 ファミリーレストランを出ると、腹ごしらえに散歩に出る。夜風が丁度良く心地いい。しばらく歩きたい気分になった。

 塩の匂いがうっすらとする。そうか、きっと海が近いんだ。この旅で海に行ったことがない事に気がついて、行ってみたくなった。

「海、見に行かない?」

 出来るだけ明るく言うと青木はゆっくりと頷いてくれる。きちんとした方角は分からないけれども、塩の匂いが強くなる方向を目指して歩き始めた。

「結局、あそこでもなかったね。私達の幸せの場所」

 小さく呟くけど、周りが静かだったので、青木に届けるには充分だった。

「また探せばいいさ。幾らでもある。別の不動産屋に行ってもいいし」

「うん、そうだね」

 同意してみたものの、感じの良かった不動産屋さんであの結果になったからどこでも結果は変わらない気がした。またあんな目に合うくらいなら行かない方がいい。

 今の日本にあるのだろうか。私達みたいに家出をして行く当てのない者が安らげる場所が。何処にも無いような気がしてきた。私達は逃げ出してきた。だから守られていないのだろう。結局逃げて、その日その日を生きていく事でいっぱいで。それで先があるのだろうか。

 もしも働けない程の怪我を負ったら?重い病気になったら?

 その時点で手詰まりだ。今は大丈夫でもこの先駄目になる可能性が高いなら、今生きている意味すらないような気がした。

 それならば、いっその事――。

 海までは意外と距離があって、十五分くらい歩くとようやく辿り着いた。

 夜の海は波音だけが静かに響いていた。季節外れということもあって周りには人が誰もいない。

 まとまりつく砂の普段とは違う感覚に気をつけながら歩く。海を横目に見ると漆黒さが全てを飲み込んでしまうような感じがして、少し恐怖を覚えてしまう。

 あの漆黒の中に入って行ったら全てが楽になるんじゃないかな。

 私は青木の事を一切見ないで手を握ったままだった。このまま一緒に……海の中に……。

 立ち止まり、海へと身体を向けると青木の手を軽く引っ張った。まるで近くまで散歩に行くような感覚で漆黒の海へと誘う。けれど彼の手はびくともとして動かない。こんなのは初めてだ。いつもならもっと軽く簡単に動くのに、どうしてこういう時に限って動かないのだろう。

 駄目だと強く叱ってくれるならいいのに、何も言ってこない。こういう時こそ、止めて欲しいのに。

 諦めて青木の手を海とは逆方向に引っ張ると簡単に動いて私の後をついてきてくれたので仕方がなく、駅まで戻る事にした。

 死ねないなら生きる事を考えないと行けなかった。

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