第三章 その3

 辺りが暗くなってきたので、頃合いを見て、この周辺で栄えている駅で降りる。

「まずは泊まる公園を探そう」

 私の心境なんて知らずに、青木は無神経にそう言った。同意したい所だったけど、あえてしなかった。

「ねぇ、私達のやってる事って間違ってないのかな。単なる現実逃避じゃない?」

「何だよ、いきなりだな」

 いきなりじゃない。私はこの旅を始めた時からずっと思っていた事だ。このまま続けても何の解決にもならない。

「死ぬよりマシだろ」

 その意見には同意出来ない。これなら死んでいるのと対した変わりがないように思えたからだ。

「本当に幸せの場所はあるの?見つけられるの?逃げてるだけになってない?」

 彼は黙ってしまう。そう、青木だって明確な答えを持ち合わせているわけではないのだ。だから旅をして探しているのだから。

「きちんとした家に住みたい。暮らしを安定させたい」

 青木が大学生の兄さんの運転免許証を持っているのなら出来る気がした。口から咄嗟に出た事だったけど、良いアイディアなような気がした。

「駄目だ。無理だ」

 少し希望が見えた意見だったけど、青木は速攻で否定してくる。何で初めから弱気なんだろう。

「そんなのやってみないと分からないよ」

「分かるさ。家賃だって払えないだろ」

「狭くて安いアパートなら何とかなるよ。二人でバイトして節約すれば」

「そんなに簡単じゃないぞ」

「じゃあ、何が難しいって言うのよ」

「頑なだな」

 そう、頑なだ。だって私はもう――。

「私はもう疲れたのよ。この旅。ううん、止めにしたいとか、後悔してるとかじゃないの。地に足を付けたいの。公園に泊まってバイトを続ける生活って、不安でしかないわ。何かに追われているような感覚になる。安心が欲しいの」

 それって無理な事なの?難題なの?

 青木の方が頑なだよ。今までだって私の意見を聞いてくれた事がない。今回の事だって折れてくれる気配はない。そう思っていたのに、彼は大きくため息を付きながら頷いた。

「分かったよ」

 その言葉に驚いて彼の顔をまじまじと見る。ここで同意してくれるなんて思わなかったので意外だった。暗い表情で全てを汲み取れないけれども、青木もこの旅が疲れてきた頃合いなのかもしれない。と思ったけれど、そんな事は無かった。

「やってみて、駄目だって知って、世間知らずって事を自覚するのも良いかもな。でも、とりあえず今晩は公園を探そう。休んだ方がいい」

 言い方にムッとしたけれど、とりあえず頷く。もう不動産屋もやってないだろうし、電車に揺られて疲れてしまっていた。早く休みたいのは一緒だった。

 話がまとまると、大きな公園を探して寝泊まりする場所を作った。


 次の日、お昼近くまでたっぷり休む。けれども、疲れが完全に無くなる事は無い。やっぱりベッドが恋しい。

 身支度を整えると青木を起こす。最寄りの駅まで戻ると、トイレで身支度をした。外に出ると支度が早い青木は腕を組んで私の事を待っていた。

「本当に、いいんだな。住む所、探すんだな」

 最終確認だった。強い口調に覚悟が汲み取れた。

「うん、もう決めたの」

 一晩休んでみたけれど、この気持ちが変わる事が無かった。帰る所がない現状よりもきちんと地に足を付けた方がいい。勿論、他にやらなければいけない事は沢山あるけれど、まずは住む場所という考えは変わらない。

「きっと、傷つく事になるぞ」

「それでも、構わない」

 青木は大きくため息を付いた。

「分かったよ、そこまで覚悟が決まっているならいい」

 青木は顔を逸らすと先に歩き出したので、私はその後ろを付いていった。

 二人分の荷物をコインロッカーに預けて駅周辺にある不動産屋さんを数件見て回る。その中で一番内装や雰囲気が良さそうな一件を決めて、中へと入った。

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