イジメから逃げて、幸せの場所を探しながら

@yukitori07

ピロローグ

ピロローグ

 鼻歌まじりに歌いながら、スキップしてスカートを揺らす。パスケース入れのストラップ部分に指を入れて、くるくると器用に回しながら駅へと向っていた。

 きっと、すれ違う人達から見たら今の私は絶好調で人生が楽しくて、楽しくて仕方がなく見えるに違いない。けれどもそれは何処までも違っていて、本当は空元気だった。何もなく、悲しい心をただ誤魔化しているだけだった。

 駅に辿り着くと、エスカレーターは使わずに階段を使ってゆっくりと改札口まで目指す。そっちの方が時間掛かるから良いと思った。そしたらほんの少しだけでもこの世に入れる。そんな事を思ったら涙が瞼の奥に留まった。

――うるさいんだよ、馬鹿、死ね。

 心ない言葉が胸の奥底でこだまする。

――気持ち悪いなぁ。本当に。

 だめ、こんな言葉忘れないと。早く忘れないと。

――何も発言するなよ。全て的ハズレなんだから。黙ってろよ。

 ダメダメ。本当に忘れないと。本当に動けなくなってしまう。

 涙が溢れないように上を向いて、これ以上心の奥底の声が聞こえてこないように鼻歌を再開させた。ステップを踏みながら改札口へと進んでいった。

 せめて死ぬ間際くらい、幸せそうでないと。

 私の人生が報われない気がした。

 改札口に着くとそのままパスケースを認証する所に押し当てて中に入る。その時に小部屋の中にいた駅員と一瞬目が合ってしまった。止められるかなと思ったけれど、そんな事はなく駅員はすっと視線を元に戻した。

 それはそうだ。傍から見たら、昼間に授業をサボった女子高生にしか見えないのだから。

 ごめんなさい。きっとこれから汚い事をさせるけど、許してね。あの駅員にぐちゃぐちゃになった私の身体を片付けさせる事を思うと申し訳なくなった。

 改札口を抜けたのでパスケースは必要ないだろう。ホームから出る事はないのだから。捨ててしまおうかと思ったけど、いつもの癖でポケットの中に入れてしまった。でも冷静に考えたら駅の中でパスケースを捨てるなんて不自然だったから良かったのかもしれない。

 上りと下りのどちらのホームに降りようか迷って、結局上りの方にする。この後の夕刻の時間に混んでくるのは帰りの下りホームだ。上りホームだったらあんまり人に迷惑かけないだろうと考えたからだ。どちらにせよ迷惑はかけるし、死んだ後の世界なんて関係ないのに、何処までも愚かな考えだった。

 ゆっくりとホームへ続く階段を降りていく。これもまた少しでもこの世に居る為。こんな行動をして私はまだこの世に未練があるのだろうか。ううん、もうこんな世界は嫌だ。何処までも残酷な世界。神様がいるのだとしたらきっと意地悪だ。

 こんな世界にもう居たくなかった。抜け出したかった。

 覚悟を改めて心の奥底で決める。もう、決意は揺るがない。

 昼間だからだろうか。ホームには人がほとんどいなかった。事を起こすには丁度良かった。

 案内表示版を確認すると五分後に回送列車がやってくるらしい。それは私がこの世に居られる時間と一緒だった。

 私の人生は一体何処で間違えてしまったのだろうか……。一体……何処で……。

 電車が来るアナウンスが入り、はっと現実へと戻る。

 思いにふけって悲しくなっていたらいつの間にか五分経過してしまったらしい。その事がとても悲しくなってしまった。貴重な時間を無駄に過ごしてしまった。

 真顔で涙が溢れそうになっている事に気が付く。ダメダメ。最後は笑って終えるんだから。そう言い聞かせて、無理やり笑って見せた。

 私は黄色い点線の上から一歩前に出る。風の動きを妙に感じた。

 電車の先頭車両が勢いに乗って見えてくる。この距離ならばもう止まれない。一瞬足がすくむが、それを無視するように、前へと飛び込んだ。

 さようなら。全てに。バイバイ。

 次の瞬間私の身体に衝撃が走った。



 気がついたら真上を向いていた。大きな物体が勢いよく通過する音と空気を感じた。そして、視界には男の子が居て、私に覆いかぶさるようにしていた。

 考えが追いつかないうちに電車の通り過ぎていく音だけがする。私は線路の上ではなくって、ホームで仰向けになっている事に気がついた。この子が助けたのだ。たから私は死んでいなくって生きている。

 理解すると何処までも悔しくなった。覚悟を侮辱された。余計な事をしてくれたな。

 男の子を突き飛ばす。

「なんで止めたの!」

 塊をぶつけるように叫ぶ。

「当たり前だろ。何しようとしてんだ!」

 男の子はやや興奮気味に答えた。

「私、死にたいの!」

「…っ!」

 直球な私の言葉に男の子は言葉を返せない。

 涙が溢れてきた。この世の中は死ぬのも自分の自由にさせてくれないのか。

 イジメられてきた日々を思い出す。あの日々が続いてしまう。それは、生き地獄であった。

「何やってくれたのよ!!私、死にたかったの。こんな辛い日々はもう嫌なの」

 身体が震えて、動きそうにない。

 もう、死ねない……。足がすくんで飛び込めない。怖い。飛び込むのが怖い。

 少しでも現実を見ないように、両手で顔を覆う。すると涙が溢れてきてしまった。ずっと我慢してたのに。全て台無しだ。

「もう、帰れない……」

 帰る場所なんてない。いきなり学校を出ていったから。教室を離れたからもう帰れない。

 貴方は救ったつもりでしょうけど、大間違いだわ。私の地獄は続く。死んだ方が良かった。死にたかった。

「お前も、帰るところがないのか?」

 男の子が意味の分からない事を言う。だから、何だと言うのだろうか。

「なら、一緒に探そう。俺も帰るところがない。ここではない幸せになれる場所を探すんだ」

「幸せに……なれるところ?」

 その言葉だけ、妙に心の奥にすとんと入っていった。

「嫌なら立ち向かわなくていい。逃げていいんだ。でも死ぬのはダメだ。死ぬのは何よりも残酷な事だ」

 男の子は立ち上がると真っ直ぐ逃げられない眼差しで私の事を見つめた。

「だから一緒に行こう」

 私に手を差し伸べてくる。

 どうせ死ぬつもりだったのだから、こういうのに乗っかるのもいいかもしれない。

 私は大きく頷くとその手を取って立ち上がった。

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