イエスマン武装
ちびまるフォイ
けして他人に委ねちゃいけない部分
「このバカ! こんな仕事もどうしてできないんだ!」
「す、すみません!」
今日も今日とて上司に大目玉。
もはや自分のミスを待っているかのよう。
「はあ……なんで生きているんだろ……」
気分は沈んで自分の存在価値などないんじゃないかと思う。
そんな気持ちを察知したのかスマホに広告が届いた。
広告に興味を持って実店舗へと向かう。
「いらっしゃいませ。イエスマン、〇〇支店へようこそ」
「ここでイエスマンが手に入ると聞いたんですが」
「はいロットで売ってますよ。
はじめてのお客様は1人からでも購入できます」
「そんな大量に!?」
「イエスマンは数がいてなんぼですから」
「これが、そのイエスマンですか?」
「そうです。なんでも肯定してくれますよ」
「へえ……」
価格も駄菓子くらいだったので、50人ほどのイエスマンを購入した。
イエスマンはなんでも肯定してくれる。
「はあ……俺はなんで生きているんだろ」
「それは世界に求められてるからだよ!」
「世界が君を必要としているからだよ!」
「君がいることで幸せになってる人がいる!」
「でも会社じゃお荷物あつかいで……」
「君は頑張っているじゃないか!」
「会社なんてひとつのコミュニティにすぎない!」
「君の才能を見つけられていないさ!」
「うわ、なんかすっごく自己肯定感あがる……!」
イエスマンを手に入れてから何を言っても褒めてくれる。
自分ひとりのネガティブを、50人のポジティブが包みこんでくれる。
「イエスマン雇ってよかった!」
「そうさ! 君は正しい選択をした!」
「辛いことに向き合い続けても良いことはない!」
「自分を褒めることが自己成長なのさ!」
「すっごい褒めてくれる」
服を買っても似合うと言ってくれる。
ご飯を作って失敗しても美味しいと言ってくれる。
どんなことがあっても、あらゆる角度で褒め散らかしてくれる。
イエスマンはやっぱり最高だ。
すっかりイエスマンをはべらせ続ける生活を続けていたとき。
テレビのニュースがコメンテーターを映していた。
『今の若い子はあまり否定に慣れていません。
強い言葉や、否定的な言葉を投げかけると
それを自分への攻撃と受け取ってしまいます。
こうなると自己解決能力が育ちません』
身につまされる言葉だった。
「俺じゃん……」
「そんなことはない」
「君は頑張っている」
「自己解決能力はあるよ!」
イエスマンはいつものように肯定してくれるが、
今回に限ってはその言葉も頭に入らない。
もしも今のようにずっとイエスマンが肯定し続けていたら、
たとえ自分が間違えた道を選んでいることにも気づかず、
そして破滅をする直前になってもわからないのかも。
「こ、こうしちゃいられない! すぐにイエスマンを返却しなきゃ!」
ふたたび店舗に向かう。
事情を話すと店員は「ああ」と納得したような顔をした。
「そういうお客様、結構多いんですよ。褒められすぎて不安になる人」
「そ、そうなんですか」
「ノーマンを購入してみては?」
「なんですかそれ」
「なにを言っても否定してくれる人です」
「たまにいるけどそういう人……」
「イエスマンはキープしつつ、ノーマンも手に入れてみてください。
肯定と否定、どちらの意見も参考にできますよ?
そしてあなたの最適な答えを選べばいいのです」
「なるほど、その手があった!」
イエスマンの返却ではなく、ノーマンの追加購入へと切り替えた。
ノーマンも手に入れると何を言っても否定してくる。
「あ、今日は雨なんだ」
「いや午後からは晴れる」
「まるでずっと雨みたいにいうのは嘘だ!」
「雨以外の可能性を否定している!!」
「なんかムカつくな……」
ノーマンは細かいことまでいちいち否定してくる。
それに対してイエスマンはいつもどおり肯定してくれる。
「天気に目を向けているだけで偉い!」
「朝型人間だから午前に注目するのは当然!」
「厳格に天気を認識させるのは違う!」
イエスマンは自分の肩を持ってくれる。
ノーマンはそれに対して否定をする。
イエスマンとノーマンを同じ数だけ手に入れると、
そこはもうディベート会場そのものだった。
「あってる!」
「まちがってる!」
店員は双方の言葉を聞いて、自分に都合の良いものを採用すればいい。
そう言っていたがそうとも思えない。
どっちも正しく聞こえてしまうから。
イエスマンの言葉は心地良いし、ノーマンの言葉は鋭い。
でもノーマンの言うことも正しく思えるし、
かといってイエスマンが間違っているとも……。
「ああもう、ぜんぜんわかんないよ!
かえってカオスな状況になっただけじゃないかぁ!!」
なにをしても肯定を繰り返すイエスマン。
なにをしても否定してしまうノーマン。
対立構造はただただ混沌のうずを生み出すに過ぎなかった。
ふたたび店舗に戻ってしまう。
「いらっしゃいませ。今日はどういった?」
「実は……イエスマンとノーマンを雇ったら、
どちらも正しそうに思えてもうわかんなくなったんです」
「そういうお客様、結構いらっしゃるんです」
「このパターンもあるんですか!?」
「そういったお客様にだけおすすめしている商品があるんです」
「こ、これは……!?」
「神です」
店舗の奥から出てきたのは後光をギラつかせた神だった。
「今は多くの情報が飛び交い、肯定と否定が入れ替わる混沌の時代。
そんなとき、この神様を手に入れたなら迷える仔羊もひと安心。
つねに正しい答えだけを教えてくれますよ」
「そ、それはすごい……!」
「神ですから」
神様はそうだと頷いていた。
「常に正しい答えを教えてくれるんですね?」
「そうです。けして間違えません。
全知全能なのであなたに正しい道を示してくれます」
「イエスマンとノーマンで迷う必要なかったんだ……!」
「これさえあれば安心です。 お試しで1回使ってみますか?」
「え!? いいんですか!?」
「もちろんです。神がどんなことでも、たちどころに正解教えてくれますよ」
「じゃあ、ひとつだけ……」
ごほん、と咳払いして神様に聞いてみた。
今自分が一番迷って悩んでいることだった。
「私は、神を買ったほうがいいですか?」
それに対し全知全能の神は正しい答えを示した。
「やめとけ。神がいないと何もできない人間になっちまうぞ」
神の正しい導きにしたがいキャンセルとなり店員はキレた。
イエスマン武装 ちびまるフォイ @firestorage
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