死なずの騎士団、不死係

文月はづき

第一部

序章 真夜中の訪問者①

 ――死体が動いている。

 死体が歩き、短剣を握り、腕を振っている。


 こんな化け物に遭遇することになるなら、やはり昨日騎士団に見つかった時点で有り金全部を持って逃げて置くんだったという後悔が押し寄せてくる。


「なぁ……一回、話し合おうぜ……」


 すべてがおかしい、と思う。

 男はいつだって命乞いをされる側の人間だった。今日だってそのはずだった。なのにどうして、捕食者を目の前にした兎のように震えているのは、自分なのか。

 どんな殺しのときも凍りついているかのように静かだった男の心臓は、かつてないほどに早鐘を打っていた。


 良くないことをしている自覚はあった。

 嬉々として殺戮を極めるような盗賊たちと行動を共にし、数多くの人を亡き者にするのが男の仕事だった。どれだけ洗っても落ちないほど、男の手は真っ赤に染まっている。

 しかし、それも生きるためだと言い聞かせ、今日もいつものように、真夜中に小屋の中へと侵入した。


 寝台の上で静かに丸まっていたのは、まだ小さな体だった。

 少しためらいはあったが、このような少女の行く末は男もよく知っている。下劣な盗賊共の餌食になるくらいなら殺された方がマシだろうと、自ら手を下した。せめて苦しむことがないようにと、首筋を強く切り裂いたのだから、すぐに死んだことはこの目で確認していたはずだった。


 それなのに、あの短剣で肉を切り裂く感覚も、部屋中に飛び散った鮮血も、すべてが幻だったかのように、死んだはずの少女はゆらりとこちらへ歩いてくる。


 先刻まで怒声や叫び声で騒がしかった森は、いつのまにか静けさを取り戻していた。

 代わりに、むせかえるような錆びた鉄の臭いが辺りに漂っていた。嗅ぎ慣れたはずのその臭いだが、今はひどく吐き気が込み上げてくる。


(一か八か――)


 湿った手の中にある短剣を強く握り直す。

 子ども相手にここまで真剣になるなど馬鹿馬鹿しいと笑われるかもしれないが、そう侮っていた者たちの末路を男はこの目で見た。


(やられる前に、殺す……!)


 男は自ら相手の間合いに入ることで、一気に攻め込んだ。

 この行動は予想していなかったのか、少女が一瞬たじろぐ。

 その隙を逃さず、男は短剣を勢いよく突き出した。


「……っはぁ……」


 人の肉を切り裂く慣れた感触とともに、ぬるりと生暖かいものが手にまとわりつく。それらが今までの光景が夢ではないことを証明しているようで、思わず眉をひそめた。

 そして、剣身が見えないほど短剣が少女の腹に深く突き刺さっていることを確認し、彼女の手元を見て、息を呑んだ。


 ――普通なら激痛で手の力が緩んだはずなのに、なぜまだナイフが握りしめられているのか。


 「まずい!」と思った瞬間にはもう、鋭い光を帯びたナイフが男の腹を貫いていた。


「ぐっ……!」


 激しい衝撃と痛みに耐えられず、そのまま地面に崩れ落ちる。

 胸に大きな石が詰まってしまったかのように苦しく、上手く息ができない。


(マジの化け物バケモンだな、コイツは)


 浅い息をついて睨みつけることが精一杯の男に対して、目の前の少女は表情を歪めることもなく、自分の腹に突き刺さった短剣を一瞥しただけだった。

 突き刺した短剣を男が抜く隙も与えず、ただ目の前の相手を殺そうとした彼女には、痛覚という概念が存在していないように思える。それなのに、傷口からとめどなく流れるものは同じなのだから、その得体の知れなさに身の毛がよだつ思いがした。


 もうここまでくると、抵抗する気力もなかった。

 

 血で濡れたナイフを握り直した少女をぼんやりと眺める。


(あぁこれは……死神ってヤツか……)


 氷のように冷たいのに、思わず見惚れてしまうほど美しい顔立ちがはっきりと見えて、男は最期にそう思った。

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