【小説】「誇り高き敗者の党」この国を支えているのは私たちだ

向出博

第1話

参議院選挙を前にした、ある政党の候補者擁立のゴタゴタを見ていると、この国の政治は腐っているとしか思えなくなった。


政治の世界は、わたしたちの世界とは無縁。


何がなんでも政治家になりたい、権力を握りたいというだけの、野望に取り憑かれた人間の異世界にしか見えない。


だからと言って、異世界の人間に、このまま政治を任せていたら、この国はいつまでたっても変わらない。


「この国を支えているのは私たちだ」

最後の力を振り絞って「誇り高き敗者の党」を立ち上げた。



第一章 立ち上がる理由


東京の空は、春だというのに灰色だった。

新宿駅南口の雑踏に身を置きながら、わたしは立ち上げたばかりの小さな政党のパンフレットを配っていた。

 「日本を、もう一度、立て直す」

それが私たちのスローガンだった。


平凡で、どこにでもありそうな言葉かもしれない。

だが、そこには確固たる決意が込められていた。


この国には、長い間「負け組」とされた人々がいる。

リストラされた者、失業者、非正規労働者、地方の中小企業主、年金生活者、子育てに疲れた母親たち、そして「競争の敗者」というレッテルを貼られ未来に希望を持てなくなった若者たち。


そんな彼ら彼女らが声を上げても、誰も聞こうとしない。


テレビは政争とスキャンダルばかりを映し出し、新聞は「改革の停滞」を紙面の片隅で嘆くだけだった。


政界は世襲議員と官僚OBが牛耳り、企業献金で支えられた「既得権益の守護者たち」が国のかじ取りをしていた。


そんな状況を変えるために、わたしは立ち上がった。

名もなき人々が、もう一度立ち上がるための場所を作る。それが「誇り高き敗者の党」だった。


第二章 最初の仲間


最初に手を挙げてくれたのは、元中学校教師の佐伯だった。

三年前に教育現場の矛盾に疲れ、辞職していた。

今は都内で塾を経営しながら、生活困窮家庭の子どもたちに無料で授業をしている。


「教育が国の根幹だというのに、現場はボロボロ。政治が教育を殺している。黙っていられなかったんだ。」

彼の言葉に、わたしは心の底から頷いた。


ほかにも、元派遣社員の女性、地方で工場を経営していた老人、シングルマザー、フリーランスのデザイナー……。

皆、傷を抱えていた。

しかし諦めていなかった。


「一度失敗したら終わり」

そんな日本の空気を、私たちは変えたかった。


第三章 既得権との衝突


初めての選挙は、当然のように惨敗だった。

マスコミは見向きもしなかったし、街頭演説では笑われもした。


だが、私たちは諦めなかった。敗者だからこそ、しつこく、地道に地域を回った。


「誰だ、あいつら」と言われ誰も来ない公民館でも、三人しかいない集会でも、話し続けた。


「あなたたちの声が、国を変えるんです。」

それが私たちの唯一の武器だった。


やがて、一人、また一人と支持者が増え、地方選挙で初の議席を獲得した。

国政に影響を与えるには程遠いが、それでも扉は確かに開いた。


第四章 反撃ののろし


ある日、大手新聞社の記者がわたしに言った。

「あなたたちのは政治じゃなく、運動だ。理想を語っても政権は取れない。」


わたしは笑って答えた。

「理想を忘れた政治家が国を滅ぼしたんです。だから私たちは、理想を守り続けます。」


その年、私たちは衆議院でニ議席を得た。

まさに奇跡だった。


そしてその二人が、国会で世襲議員たちに対して堂々と質問をぶつける姿が、SNSを通じて拡散された。


変化はゆっくりと、だが確実に始まっていた。


第五章 名もなき主役たち


わたしたちが目指す日本は、もう「上から支配される国」ではない。

それは、下から築く国だ。


コンクリートを打ち、鉄骨を組み、真夏の太陽の下で額に汗して働く人たち。

夜通しの配送をこなし、コンビニに品物を届ける運転手たち。

町工場で、誇りをもって一つ一つの部品を磨き上げる職人たち。

田畑を耕し、風と雨の中で作物を育て、毎日の食卓を支える農家の人々。


誰よりも早く起きて、誰よりも遅くまで働く保育士、介護士、看護師。


災害時に真っ先に現場に駆けつける自衛官と消防士。

夜の街で一人、パトロールを続ける交番の警察官。


わたしたちがいなければ、この国は動かない。


わたしたちがいなければ、家も、道路も、橋も、電気も、水も、食べ物も、安全も、なにもかも――存在しない。


それなのに、わたしたちはいつも「名もなき人々」として、政治の外側に追いやられてきた。


選挙の時だけ「庶民の声」を聞くふりをして、終わればまた官邸と国会という異世界に閉じこもる政治家たち。


それを、終わらせたい。

「誇り高き敗者の党」は、わたしたち名もなき主役たちの政党だ。


わたしたちが主役になる日本をつくる。

もう、誰にも卑屈に頭を下げずに済むように。

もう、子どもたちに「諦めろ」と教えずに済むように。


これは革命ではない。

これは、正当な場所を取り戻す闘いだ。


わたしたちは、踏みにじられてきた者たちのために旗を掲げる。

誇りを持って働くすべての人が、胸を張って生きられる日本へ――。


第六章 問いかけの声


なぜだろう。

この国は、なぜ――わたしたち自身がつくってきたこの国は――わたしたちを追いつめるのだろうか。


誰も好きで競争に負けたわけじゃない。

誰も望んで下を歩いてきたわけじゃない。

誰も、人生を投げ出したくて努力をやめたわけじゃない。


みんな夢や希望を持っていたんだ。

それなのに、社会は言う。

「そもそも地頭が悪いんだろう」

「もっと頑張ればいいけだけなのに、努力が足りないんだ」

「全て自己責任だろう?」

違う。違うんだ。


十代の一度の試験、一度の選択で、人生の価値が決まってしまう社会のほうが、間違っている。


親の収入や住む地域で、受けられる教育や未来の選択肢が決まる仕組みのほうが、間違っている。


偶然の病気や事故、家庭の事情でレールから外れた人間を、「負け組」と切り捨てる社会のほうが、間違っている。


運が悪かったわたしたちは、無能なのか?

いいや、そうじゃない。


運が悪くても、何度でも立ち上がる力がある。

過ちを悔いて、やり直そうとする勇気がある。

静かに生きているだけで、誰かの命を支えている人がいる。


それを、見ようとしないのは誰だ?

それを「意味がない」と切り捨てるのは、誰だ?


この国の政治が、社会が、メディアが、教育が、わたしたちの努力を見ようとしない。

わたしたちの声なんて最初から「ノイズ」として排除されている。


一人のヒーローやヒロインが、あたかもこの国を支えているかのように脚光を浴び、なにもかも総取りしている。まるでゲームの世界だ。


「違うだろう。」


わたしたちは、ゲームの中のNPCではない。


もう我慢できない。もう黙らない。もう「仕方がない」とは言わない。


わたしたちは言う。

「わたしたちは無能なんかじゃない。この社会の目が曇っているんだ」と。


わたしたちが描くのは怒りから始まった物語だ。

だが、終わりは明るい希望で閉じたいんだ。


第七章 夢を取り戻す


「日本だけを“お花畑”のような理想郷にできるのか?」

誰かがそう言った。


わたしは、その問いに真正面から答える。


「できる」


なぜなら、わたしたちはそれを、一度やった国だからだ。


敗戦。焦土。焼け野原。

食べる物も、働く場所も、住む家すらなかった時代。


だが、あの昭和の人びとは、そこから這い上がった。

たった40年足らずで、「Japan as Number One」と呼ばれる奇跡をつくった。


当時の日本には、確かに夢があった。

それは個人の成功や贅沢ではなく、国全体が上を向いて歩く夢だった。


大企業のエリートにならずとも、町工場の職人として家族を養い、誇りを持って生きられた時代。


大学なんて行かなくても、働けば未来が見えた。

小さな商店も、豆腐屋も、魚屋も、子どもたちの憧れだった。


みんなが、この国を建て直すという一つの方向を向いていた。


それは、ただの高度経済成長じゃない。

国民一人ひとりが、自分の人生を「この国の未来」と重ねていた時代だった。


今のわたしたちは、それをどこかで忘れてしまった。


競争、格差、自己責任。

他人に迷惑をかけるな。弱音を吐くな。

孤立した夢、他人を蹴落としてでも掴む成功。

そんな夢や成功に、誰が希望を感じるだろうか。


もう一度、あの時代のように、一人ひとりが国家の一員として夢を見る社会を取り戻したい。


それは「昭和の再現」ではない。

それは、**「分断と孤独を超えた新しい団結」**だ。


成功とは、勝ち組になることではなく、社会のど真ん中で、誰もが「必要とされている」と感じられること。

夢とは、エリートだけのものではなく、子どもから高齢者まで全員が「明るい未来を語れる」こと。


わたしたちの政党は、そのためにある。敗者の復活とは、個人の復活ではない。

社会全体がもう一度、夢を共有することだ。

かつてこの国が成し遂げたように。

もう一度――いや、今度はもっと多様で、もっと優しい形で。


To be continued.







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【小説】「誇り高き敗者の党」この国を支えているのは私たちだ 向出博 @HiroshiMukaide

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る