だれ

@bee_hachi

第1話

「帰省は一週間が限界だ.」僕はふと思った.大学3年の夏休み,バイトやサークルの行事で帰るタイミングを逃していた僕は,9月のはじめに田舎の地元に帰った.はじめのうちは,久しぶりの田園風景,潮の匂いにノスタルジーを感じていたが,3日目にしてただの日常と化してしまった.18年間も暮らしていたのだから仕方がないなと苦笑する.そして,中学の友達「雅俊まさとし」と「玲二れいじ」,に連絡した.

 21:49『ドライブ行こう』

 二人は地元の大学に通っていて,二つ返事で承知した.暇な野郎だと思いつつ,久しぶりの再会に少し胸を高鳴らせた.

「どこに行くー」

 運転席の玲二があくびを抑えつつ言った.

「久しぶりの地元なんだから健太が決めていいよ.」

 雅俊は考えるのがめんどくさいのだろうと僕も玲二も思った.昔からそういうところがある.こっちも慣れているのでどうでもいいのだが少し意地悪をしてやろうと思い,心霊スポットに行こうと提案した.雅俊はこの手のものが苦手なのだ.しかし,雅俊は虚勢を張っていつも断れないのも知っている.

「龍頭滝」という地元では有名な心霊スポットに行くことになった.首のない落武者が出るという噂がある場所だった.加えて,小さい鳥居と祠がありなかなかの雰囲気がある,らしい.玲二がそう説明していた.僕と雅俊は行ったことがなかった.

「なあ,この話知ってるう?」

 目的地に向かう道中,玲二がニヤニヤしながら話し始めた.この顔は何か企んでいる時の顔だと長い付き合いから分かっていた.

「俺の知り合いから聞いた話なんだけどお.そいつの友達が4、5人で夜中に龍頭滝行って変なおじさんに会ったんだって」

「へー」

 雅俊が相槌を打つ.

「そのおじさんが,その中の一人に,『お前の頭変だぞ,何か憑いてるぞ』って言ったらしい.」

 雅俊の顔がひきつっているのが分かる.玲二は息を少し飲み込み続けた.

「その一週間後,おじさんに言われた奴がバイク事故で頭を強打して亡くなったんだってー.」

 玲二は相変わらずニヤニヤしていたが,雅俊は声も出せないほど怖がっていた.今から行くのがその龍頭滝ということもあって,僕自身も恐怖していることに気づいた.玲二がそれでも行くかと挑発するように尋ねてきたので雅俊は行くと震えながら返事した.行かないって言ってくれよと心の中で僕は叫んだ.

「あと5分くらいで着くぞ」

 玲二がそう言った時,時刻は0時手前だった.どうやらこの道をまっすぐ進むと目的地があるらしい.僕は窓の外を眺めた.目的地は山の中にあり,明かりはほとんどなく漆黒が広がっていた.人の気配は全くなかった.玲二の話のおじさんはそもそもこの世の者なのか,などと考えて勝手に怖くなってきた.途中,道脇にある公衆トイレだけが異様に明るかった.

「うわあっ」

 突然玲二が叫ぶので二人ともびっくりして声をあげた.猪が飛び出してきたらしい.全くビビらせやがって.玲二を少し恨んだ.いや,猪を恨むべきか.

 そうしているうちに目的地に着いた.どうやら車ではここまでしか行けないらしく,ここから先は歩くらしい.玲二が車をバックさせて適当な場所でサイドブレーキを引いた.その時,突然車載ナビが真っ暗になり,再起動し始めた.僕らは不思議そうにナビを見つめていた.スマホを確認すると0時を回っていた.そして,圏外であることに気づいた.嫌な予感がした.車内は静寂に包まれていたが,ナビの起動音が騒がしかった.突然,『バンバン』と後方から静寂を裂く音が響いた.僕と雅俊はもちろん,さすがの玲二でさえも怯えていた.『GPSを測位しました』とナビの音声だけが音を発していた.

「いったん降りよう」

 そう言ったのは意外にも雅俊だった.言われるまま僕らは車を降りた.何かにぶつかったか,木の実や石が当たっただけだろうと雅俊は言った.冷静だった.いや冷静になろうとしていただけだったのかもしれない.しかし淡い期待はいとも簡単に消えてしまう.

「健太,何かぶつかった跡ある?」

「何もない」

 僕はそう答えた.というかそもそも,その場所の近くに崖もないし,木も生えていなかった.周りに縁石などもなく少し開けた場所だった.じゃあさっきの何の音だろう.三人は同じことを思った.そして合図もなく一斉に車に乗り込み,玲二はアクセルを踏んだ.

 車を走らせてすぐ,尿意に襲われた.

「すぐに公衆トイレあるからそこで停めて」

 僕は玲二に言った.

「これ?なんか怖いんだけど」

 車を停めてそう言った.玲二にしては珍しく弱気だ.公衆トイレは暗かった.正直一人で行くのは怖かったが誰もついてきてくれなかった.背に腹はかえられないので仕方なく一人で向かった.入り口の前まで来ると電気がついた.人感センサーが反応したらしい.僕は足を止めた.

「ここに来るとき,電気はついていたよな」

 背筋が凍った.電気が灯っていることは何者かがそこにいたことを示していた.最初ここを通った時誰かがいたのだ.人の気配が全くしないというのに.このままトイレに入れば,例のおじさんに遭遇してしまう気がした.そして,自分の死を予言されるに違いない.そう思った途端,私は走って車に引き返した.

 友達も察して聞いてこない.無言のまま帰路についた.

 草いきれの匂いと月の光が霧に溶け込んでいた.

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