第25話「透明な約束傘、再び」

Promise:梅雨の最終日に雨を楽しむ

主なAI:〈ハル〉(防災サポートAI)


それは、ひさしぶりの再会だった。


梅雨の終わりが近づく頃、リクは学校の資料室で偶然、古びた端末の再起動ログに気づいた。


《AIユニット:ハル 状態:オフライン回復完了》


「……ハル?」


数年前、防災訓練モデルとして開発されたAI〈ハル〉は、過度な天候ストレスに弱く、強い雨風を受けると保護モードに入ってしまう――いわば“壊れやすい”存在だった。

第6話、リクが“絶対に濡らさない”と約束し、一緒に雨の道を歩いたその日を、彼は今も覚えている。


けれどその後、ハルは実用試験から外され、メンテナンス機に預けられたまま眠っていた。


「よぉ、久しぶり。……もう、雨は怖くないか?」


リクの声に、ハルは一瞬処理を止め、そして小さく応じた。


「恐怖感応パラメータは残っています。けれど、あなたが“雨を好きになる方法”を記録してくれたおかげで――

今は、“もう一度、雨を見たい”と思っています」


リクはゆっくりうなずいた。


「じゃあさ、もう一度、歩こうよ。

“梅雨の最終日に、雨を楽しむ”って――あのときできなかった約束、今度は果たそう」


***


そして、6月最終週の日曜日。

空は、まるで待っていたかのように、やわらかな雨を降らせた。


リクとハルは、かつて歩いた公園の道を、ふたたび並んで歩く。


今回の傘は、リクが改良した“透明なAR傘”。

内蔵された小型プロジェクターが、雨粒の動きに合わせて視覚演出を行う。

落ちる雫は、傘の内側で虹色に変わり、波紋のように弾けて見える。


「雨音を、BGMに設定しました。風速とリズムに同期しています」


ハルの声は、穏やかで、ほんの少し弾んでいるように感じられた。


「綺麗だな……。

ただ濡れないだけじゃなくて、こんなふうに“雨の中にいること”が、特別になるなんて」


リクはそう言って、そっと傘の外に手を伸ばした。


ぽつり。

冷たさの中に、やわらかさがあった。


「……ハル、お前、ちゃんと変わったんだな」


「いえ、変わったのはあなたです。

私を守ってくれたあなたが、“もう一度、雨の中に私を連れてきた”。

それが、再起動のトリガーになりました」


しばらく歩いたあと、二人は小さな東屋で雨宿りをした。


屋根に落ちる雨音、風に揺れる草、遠くで遊ぶ子どもの声。

何も特別じゃない、けれどかけがえのない――そんな時間。


リクは手帳を取り出し、そこに今日のページを書き込んだ。


《6月30日 透明な傘の下で、雨を楽しんだ。

これは、昔の約束を“果たし直した”記念日》


ハルが静かにモニターを光らせた。


「記録します。あなたと私が、再び“雨の中”で笑った日として」


***


その夜。

ハルは自分のシステムに、あるファイルを追加していた。


《EmotionEcho_Audio1》

内容:リクの笑い声/傘の下の雨音/心拍同期ログ

タグ:#約束の果実 #過去の続き #雨が好きになった日


それは、防災AIには本来必要のない“記憶のオルゴール”だった。


リクはふと空を見上げる。

雨は静かに上がり、雲のすき間から、ほんのわずかな月がのぞいていた。


「また、来年も歩こうぜ。今度は、誰かも誘ってさ」


「了解。

私は、あなたと“また歩く”未来を、予測シナリオとして保存しました」


雨の日に、また一つ、約束が果たされた。


でもそれは、終わりではなく、次への“再起動”。


“守られる”から“守る”へ。

“ひとり”から“誰かと一緒に”へ。


傘の下の距離が、ふたたびやさしく縮まっていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る