月が見ていた

誰かの何かだったもの

或る夜、二人は藍に溺れる

光の射さない部屋だった。いや、遮光カーテンを締め切っているだけの、都会の一角にある六畳の部屋。隅にあるクーラーの音だけが、二人の息づかいと一緒にかすかに響いている。


「……眠れないの?」


小さな問いかけに、俺は背中を向けたまま、曖昧に笑った。


「別に。お前の隣で寝てると思うと、なんか変な感じするだけ」


「俺のどこが?」


「全部、だろ」


ふ、と笑った気配がして、柔らかい布団の音がした。振り向けば、彼の前髪が少し額に貼りついていて、それがなぜか色っぽくて、目が逸らせなくなった。


蒼。高校時代の同級生で、大学に入ってから再会した男。今ではこうして、互いの家を行き来するようになっていた。


「なあ、タクミ。なんで俺なんかと一緒にいるの」


その言葉が、ふいに刺さった。


「なんで、って……別に、理由なんかねえよ」


「ウソつけ」


笑っているくせに、蒼の目は本気だった。まるで、冗談じゃないぞと告げるような真剣さで。


俺はベッドの中で膝を抱えた。何度もこの問いに自分の中で答えを出そうとした。でも、いつも曖昧に濁してきた。恋だとか、友情だとか、男同士だとか、そんなことどうでもよかったはずなのに。


「……お前のそばにいると、生きてる気がすんだよ」


その一言は、俺の中でずっと秘めていた核心だった。


蒼は何も言わず、ただ視線を逸らした。何かをこらえるように、強く唇を噛んだのが分かった。


「そんなに俺、特別じゃねえよ」


「お前が決めることじゃねえ。俺が決めたんだ」


そう言った瞬間、蒼がこちらに手を伸ばしてきた。指先がそっと俺の頬に触れる。熱が移るような、優しい、でも逃げられない触れ方だった。


「……そういう顔、すんなよ。俺まで泣きたくなるだろ」


「泣いていいよ」


その瞬間、張っていたものが崩れた。涙が出た。なぜ泣くのか、理由は言えなかった。ただ、心のどこかがずっと渇いていたのだと、そのとき初めて気づいた。


蒼は何も言わず、ただ俺の涙を拭ってくれた。


その夜、二人は同じベッドで、初めて肌を重ねた。


言葉ではなく、温度で確かめ合うしかなかった。


過去も、傷も、孤独も、すべてを抱きしめるように。

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