慣れ

「お前らのことは、資料で知ってるからいいや。」


 そう言って自己紹介はヌルッと終わった。


 形式的にもした方がいいのではないか?


 でも、口答えはしない方がいい。


 先生の逆鱗に触れたら一瞬で終わりだ。


 そんなこと分かってる。


 だから、言わない、言えない。


 俺の頭と身体に言い聞かせる。


 俺はまだ生きたい。


 悪いことは言わない。


 へまをするなよ。


 その後はいつもどおりの作業が待っていた。


 油まみれになりながら、鉄を削る作業が。


 火花が散っている。


 もう慣れたけど。


 でもいつもと違うのは、喋ったりサボったりしたら銃で打たれるということだけ。


 いつも集中している一郎はいいけど、こんな真夏にこの作業は厳しすぎると思う。


 でも、生きたい。


 ならしょうがない。


 俺も先生のように国のために頑張ったら銃を貰えるだろうか。


 そしたら先生を……。


 頭をブンブンと振る。


 何を考えているんだ。


 俺は。


 思考が支配されていくのを感じる。


 これが洗脳か。


 国家の犬はこれを振りきったのか?


 そしたら、少し敬うべきだ。


 嫌いだからしないけど。


 周りをふと見渡す。


 汗だくになりながら、目の回りを油だらけにしながら、鉄を削っている女の子の姿。


 何かをぶつぶつと唱えながら、作業をしている男の子の姿。


 そのどれもが異様だった。


 俺はこうはなりたくないな。


 そう思って作業を再開した。


 今日は誰も打たれなかった。


 それが普通なのに、心のどこかで安心する。


 適応しようとしている。


 そんな自分も嫌いだ。


 慣れが一番怖い。


 今日、それを思い知った。

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