有名美少女歌手とバンドを組む無能な俺

@kamito5852

第1話 無能とエレキギター

 俺は無能だと思う。その根拠の一つに左右が分からない、どっちが右でどっちが左か俺にはちっとも分からないのだ。


 右の紙取って!と言われたら毎回、二分の一の運ゲーをしなければいけない。


 左右が分からないに限らず、勉強や運動など学校で習うものは総じて出来ない。

 九九の七の段が言えず、体育祭では文字通り味方の足を引っ張ってしまい、二人三脚で相方と共に盛大に転び、最下位を取らせてしまった事がある無用の長物とは俺である。


 俺は、同じミスを何度も繰り返し、大抵の人が当たり前に出来る事ができない人間だ。


 無能な俺にも特技が一つだけある。それはギターを弾ける事だ。


 俺の良いところを説明するならギターを弾けるくらいしかない程、ギターしか胸を張って誇れるものが無い。


ギター以外は前述した通りダメダメで今日もやらかしてしまった…






    *     *     *






「終わった…社不すぎてつれぇ」


桜が舞う春の季節。穏やかな空気が流れる中で俺だけが慌てていた。


 今日は待ちに待った高校の入学式。明日から爽やかで楽しい青春の日々が始まる!と幻想を抱いて寝て起きた先には、猫耳メイドのアニメキャラの壁紙と共に、9時15分と書いてあるスマホの画面があった。


 6時半から7時まで1分おきに掛けていた目覚ましとスヌーズも合わせて60回程アラームが鳴っていた。


 だがそれを持ってしても起きる事は叶わず。7時までには絶対に起きると思い、それ以降目覚ましを掛けていない自分の見積もりの甘さに腹が立つ。


 入学式はもう終わりかけ、このままだと朝のホームルームする間に合わないかもしれない。それだけは避けたい俺は忙しなく身支度を始めるのだった。






   *     *     *






「はぁはぁ、ふー…… あ……と……少し 」


 息を切らしながら学校の近くの桜並木を春風に押され1人駆けていく俺の背中にはギターケースが背負われていた。


 家から学校までは歩いて20分程の距離でそこまで遠くはない。


 自転車などをつかえば10分も掛からずに着くはずだろう。だが、俺は自転車に乗れない。中学生…いや小学生でも乗れる自転車を高校生にもなる俺は乗ることができない。


 大寝坊はかますわ、自転車は乗れないわで情け無い無能の俺は、普通の人が苦労せず行ける道を馬鹿みたいに息を切らし走っている。情けない上この上無い。


『夜に芽生える芽生える 反逆心 気付いた劣等感の葛藤も消して ただ前に駆けろ』


 ワイヤレスイヤホンから聴いていた曲のサビが流れ、なにかの主人公になった気分になって道を走る足が早くなる。


 外で曲を聴くと何故こんなにも全能感に浸れるのだろうか。


 聞いている曲は、paradise notesという中学生バンドの『夜に芽生える』という曲だ。


 この曲は夜に考え事をしすぎてしまうバンドメンバーの体験を元に作られたロック調の曲だ。


 共感され勇気づけられる歌詞、疾走感がある曲調、それとギターボーカルの宵の儚くも強い歌声がウケ、YouTubeで1000万回再生を叩き出した名曲。それが夜に芽生える。


 その後、出した曲たちは全て300万回再生を下回る事はなく絶好調だった。だが、音楽性の違いというありきたりな理由で一年前に突然バンドは解散してまう。


遅刻しても図太く曲を聞いてる俺は曲でテンションを上げ、腕を大きく振って道を駆け走っていく。


「ぜーぜー、くっ…つい…た」


 しばらく足を早めていると、高校に到着した。近代的なデザインの校舎は、機能的で洗練されている。東京ドーム3個分の巨大な学校、漆川高等学校に今日から通うことになる。


 漆川高校の軽音部は有名なバンドを数多く排出した名門だ。そんな部活を入りたくて俺は大きな代償を払ってなんとか…本当になんとかこの学校に合格した。


 まずは自分のクラスを確認しなければならない。昇降口に貼られていた張り紙には、一年三組に俺の名前が書いてあった。


下履きに履き替え、急いで教室へまで行く。


「うわぁ…そりゃあグループできてるよな」


教室の窓から恐る恐る教室内を観察すると、すでに何人かのグループを形成していた。しかも一人も余っていないようだ。


誰しもボッチは嫌なだろう、その為、近くにいる人にとりあえず声を掛ける入学式にいなかった時点で俺のボッチは確定していた。


「君、教室入らないの?」


 後から、鼓膜にすんなりと入るような透き通った声で呼びかける。


 その声が聞こえた方に振り返る。


 そこにいたのはクール系儚げ美少女だった。

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