自殺女子転生する。~少女はもう後悔したくない!~
明後日の夕暮れ
プロローグ
第1話 屋上の追憶
花村アリスは、東京都内のある6階建ての雑居ビルの屋上にいた。
今の時間は学校帰りの学生たちがはしゃぎながら地面に影を伸ばして歩いている。そんな光景を見下ろして、アリスは自分のボロボロの制服、痛む身体、後悔と虚無感で押しつぶされた心がひどく滑稽に見えた。フェンスに足を掛けると、案外軽々と乗り越えられた。フェンスの外側から見える景色は意外にも綺麗だった。
沈みかけた太陽が街を茜色に染め、空を見上げれば夜の訪れを知らせるように三日月が上っていた。アリスは自嘲めいた笑いを浮かべ「もっと早く私がこうすることを選んでいれば貴方は…」と呟いた。脳裏に浮かぶのは、私の何の価値も無い人生と彼のことだった。
――――――――――――――
私、花村アリスは「アリス」という名前がつけられているが、両親ともに日本人だ。
ただ両親は母が19、父が18で産んだこともあっての若気の至りなのか、それとも単にバカだったのかは今となってはどうでも良いことだが、しかし、そのせいで小学校に入学して早々に馬鹿にされた。この名前いじりの理由は私の容姿や性格が名前と反したものだったからかもしれない。私の容姿はお世辞にも、可愛いとは言いがたいし、性格だって内気だ。こんな奴がアリスなんて名乗ってたらいじりたくもなるだろう。名前を笑われる、これだけならたいしたことではなかった、ちょっとイヤな思いをするがそれだけだ。状況が変わったのは私が小学校5年生の時だった。
私の両親はクズだった。ドラマによくある、ことあるごとに口を出してくる口うるさい母親も威厳を示す父親もうちの家にはいなかった。いたのは3年前に女を作って出て行った父とそんな父と別れて定職にも就かずに生活保護を受給して、安普請のアパートで自堕落な生活をしている母だけだ。そして、その母が最近よく、歳に合わない若作りのメイクと服装で出掛けていく。理由はすぐに知ることになった、それは学校に行く途中で当時仲が良かった子に「アリスのお母さんが明日香ちゃんのお父さんと腕を組んで歩いてたって皆が噂してるよ」と教えてくれた。私はそれを聞いたとき、意識が遠のくような感覚がした。
明日香は今のクラスの中心的な存在だ。
いつも明るく、運動も出来る、顔も可愛い。そんな明日香を女子は羨望のまなざし、あるいは尊敬のまなざしを向けていた。おそらくは男子の中にも明日香のことが好きだという子は多いだろう。そんな明日香のお父さんと、私の母が…そんなことをすれば私はクラスメイトの敵になってしまうだろう。普段から私には味方と呼べるほど仲の良い友人はいない。すなわち四面楚歌になってしまうと思う。そしてその予想は数日後的中した。
――明日香の両親が離婚することが決まったと聞いた――
その日、登校するとクラスに異様な空気が漂っていた、そこにあったのは黒板全体に広がる、死ね、消えろ、ヘンタイ、インラン、売女といった言葉が無数に書き殴られていた。私を見るクラスメイトの目にはおおむね好奇の色が浮かんでいた。正直ショックだった、書かれた内容もさることながら、少なくとも少しは仲が良いと思っていた友人たちすらも止めないどころか、一緒になって書いたのだろう、見慣れた筆跡がところどころにあった。彼女たちは私を見るなり目をそらした、教室後方の席では明日香が薄ら笑いを浮かべていた。私は愕然とした、あんな予想をしていたくせして、心のどこかでは「誰かが止めてくれる」とそう信じていたことをこのとき始めて自覚した。それは自分で見ても滑稽な思い違いだったと知った。
こうしてイジメは始まった、正義の名の下に。
――――――――――――
イジメによって私は心身ともにボロボロになった。あるときには机に手を入れた途端に激痛が走った、よく見てみるとカッターの刃が机の天井にだいたい3センチ間隔で並んでいて、刃が私の手の甲を切り裂いたらしい。見ると、手の甲に3本の傷がついていた。
また、あるときは筆箱からゴキブリが出てきたこともあった。こんな嫌がらせの数々を受ける私を見ても、教師は見て見ぬふりをしていた。私はこのころ学校から家に帰らず図書館に行き、貪るように小説を読んだ、そうしていれば、別の世界を旅して束の間でも現実から離れることが出来た。特にライトノベルは好きだった。こうした物語に出てくる主人公たちは前世の記憶をもって、異世界に転生したりして、スキルや知識を使って前世ででき得なかったことを成し遂げる。
そんな人生のやり直しができたなら…そんな世界に私は入り浸った。
家には帰りたくなかった。明日香のお父さんは離婚するなり母を捨てた。そうしたあと、母は前にも増して荒んだ、これまでは言えばくれていたお金もくれなくなった。母は保護費を酒とギャンブルに散財した。酒を飲むと母は私に手を上げた、ただでさえ身体中傷だらけだ、そこに更に母から暴力を振るわれる。怪我をした箇所に当たったときには、とてつもない痛みに3日間ほど耐えることになる。そんな家に誰が好んで帰りたいというのか?私はいつも母が寝ている、夜の8時くらいにこっそりと家に帰る、そんな日々が中学に入っても続いた。私は中学に入ったらイジメが終わると考えていた。私の地域では3つの小学校から一つの中学校に行くようになっていたからだ。まさか見ず知らずの人間を虐めたりはしないだろうと高をくくっていたのだ。そんな予想は見事に裏切られた。明日香のグループの女子があの時のことを言いふらして回ったのだ、そして、逃げ場の無い日々は続く、そう考えていた。
あの日までは。
その日いつも通りに登校すると。教室から廊下にまで響くような怒声が飛んできた、ドアのそばで内容を聞いてみると「お前らは何の権利があって花村さんのことをイジメてんだって聞いてんだよ!?」「ハア!?
彼のことは覚えている、朝の点呼で一番に呼ばれるから。フルネームは
私は彼の事を見た、彼は整った顔立ちをしていた。目はキリッとしていて凛々しく、鼻は高い。そして体はスラッとしていて、カッコいいを具現化したような人だった。私は何も言わず、席に着いた。彼に失礼だろうとは思う、しかし、あの場で感謝の言葉なんかを彼に伝えれば、クラスのほかの人たちはよく思わないだろう。彼を巻き込むわけにはいかない。それに怖かったのだ、何の接点もない人が無条件に人を助ける、そんなことがあるのだろうか?何か裏があるのではと勘ぐってしまう。そして、その日一日は特に何も無く無視されるだけだった。
これが私と彼、東瑛士との出会いだった。
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