僕たちは何度でも
@Maz1ka
第1話 出会いは音もなく
6月9日──この日が来るたび、僕は決まってこの公園の奥へと足を運んでしまう。
木製のベンチ。4人は座れそうな大きさだけど、座るのはいつも僕一人。
なぜか、この日にここに来ると、“僕は僕でいられる”気がする。
「ふぅ……」
初夏の匂いと湿った風。それらが静かに僕を包む中、世界は、少しずつ色を失っていった。
時の流れは一瞬だ。さっきまで、青く澄んだ空に太陽が燦々と降り注いでいたのに、
気づけば空は重たい暗い雲で覆われていて、その光はどこかへ隠れてしまっている。
その澱んだ空と静まり返った空気は、まるで僕の心そのもののようだった。
もやもやとした感情が心の奥に澱み、すべてが曇り、色を失っていく。
記憶や感情というものは、僕たちの人生において欠かせないものだ。
出会いと別れ、語らい、親しい人との思い出──それらはいつも心の奥底で生き続け、
僕たちの存在を支えているはずだ。
でも、僕にはそれがない。
別に孤独だったわけではない。ただ、大きな喪失感を抱えたまま、僕は日々を生きている。
高校生になり、もう二ヶ月が過ぎたというのに、この傷は言葉にすることすらできない。
友達と遊んでいるはずなのに、どこか心にぽっかり穴が開いたままで、満たされることはない。
その喪失感は説明し難く、けれど確かに僕の中に根付いている。
周りの友達たちにこの穴がバレないように、つまらなそうに見えないように、僕は外角を取り繕う。
僕は少し変わっているのかもしれない。
学校では友達と話すことが多いが、心のどこかで一人でいる方がずっと楽だと思ってしまう。
一人でいる方が気が楽だというこの感覚が、僕自身をさらに孤独にさせる。
僕は一体何者なのだろうか。
家族でさえ、そして自分自身でさえも、僕がどういう人間なのか分かっていないのだ。
人といると、どうしても気を遣ってしまう。相手の顔色を窺い、
どういう雰囲気で接すればいいかを考えながら日々を過ごしている。
そうした神経の疲れもあってか、一人でいることを好む理由の一つになっているのだろう。
『彼女が欲しい』と願いながらも、一歩も動き出せない自分。
これは単に自分がヘタレだからなのか、幼少期に何かあったのか、それすらもわからない。
自分という存在が一体何なのか。問いかけ続けては答えのない迷路に迷い込み、
想像の世界へと沈んでいく。
すると、だんだんと感覚が薄れていく。
色も音も匂いも、すべてが消え去ったような、時間が止まったかのような世界の中で、僕は考え続ける。
そんな沈黙の中──突然だった。
「なにをしてるの…?」
いつもは何も聞こえないはずの空間に、その声は静かに、しかし確かに響いた。
まるで閉じ込められていた時間の扉が開いたように、一気に停滞していた時が動き出す。
現実に引き戻された気がした。
「え、あ、いろいろと…」
そう答えかけた瞬間、
ざーーーーーーー
ざーーーーーーー
という激しい雨音が、僕の耳を包む。
知らぬ間に降り出していた雨が、大きな雨粒となって地面に叩きつけられ、
そして僕の服も濡らしていた。
雨は一滴一滴、繰り返し降り注ぎ、
冷たくもあるけれど、どこか心を洗い流すような不思議な感覚をもたらす。
雨水が僕の体から流れ落ちるのがやっと止まった頃、僕は顔を上げた。
目の前には──
栗色の長い髪を揺らし、傘の下で僕の体を包み込むように立つ女の子がいた。
その視線は優しく、心配そうにこちらを見つめている。
なぜか、妙に頭が痛い。
──面影が…重なる。
幼い頃、一緒に遊んでいた……?
けれど、幼い僕がどういう人物だったのかもわからない。何もわからない。
やはり、自分に空いている心の空洞は、大きいのだろう。
今まで湧き上がったことのなかった感情が複雑に絡み合い、
僕の思考はぐちゃぐちゃで、何も考えられなくなった。
気がついたら──
目の前にいた女の子はいなかった。
代わりに、自分の手には傘がしっかりと掴まれていて、
僕はただ、呆然と立ち尽くしているだけだった。
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