第4話 スカウトしてくる男

 まだ不安で小走りに走っていると、少し広い通りへ出た。すると一台の高級車が街灯をキラキラと反射させながら路肩にすっと駐車した。派手な蛍光色の緑のラメみたいなのが入ったメタリックの塗装で、一体どんなセンスをしていたらイギリス製の高級車をこんな色に塗りたくろうと思えるのかぼくは一瞬疑問に思った。そのドアが開いて、またまた妙な奴が出てきてぼくの前に立った。


 フレームが星型をしたサングラス、銀ラメのマジシャンみたいなジャケットを着た男だ。髪の毛はてかてかしたジェルみたいなものでがっつりと固めている。男の目はよく見えないが、どうやらぼくの靴にじっと注がれているようだった。


「おっ、貴君、いいねそれ。その赤、血の色、人間の魂の色だねぇ。」


「ありがとうございます。」


 「私は『欣喜ブーツ』という会社で靴を作っていてね。貴君みたいな人ならきっと聞いたことがあるだろう。私はね、ちょうど貴君みたいなモデルを探していたんだよ。どうかね、うちのモデルになってはくれないだろうか?」


 そんな会社は聞いたこともなかったが、ぼくはそいつの格好にちょっと気をのまれてつい聞いてしまった。


「どんな靴なんです?」


「では、失礼して貴君に今のイメージ写真を見てもらおう。」


 男がスマホを取り出して、何枚かの写真をスワイプして見せる。ものすごい厚底とヒールで地面から20センチ以上は浮いているブーツ。男のジャケットそっくりの銀ラメのような色。だが問題はブーツそのものではない。そのガチムチのモデル(男)は前がほとんどへそまで割れたタイトなレオタードみたいな衣装からうっそうたる胸毛をのぞかせて、首には蛍光ピンクの羽毛のボアを巻いてにんまりと笑っていることだ。頭の上にはなんだかナチスみたいな剣呑な感じの帽子が乗っていた。仕上げには付け髭らしいカイゼル髭を生やして乗馬用のムチみたいなものまで持っていた。


「こんなの着るんですか?いやだなあ。」


「むろん、もっと派手なものでもいいよ。なんならその靴と同じ真っ赤なスパンコールのビキニだってある。そうだ、それを着てついでにロープで縛られてみるのはいかがかな。できるだけ、恥ずかしそうな表情をしてくれればありがたい。」


「絶対お断りです。勘弁してください。」


「わかった。それでは仕方がないな。じゃ、いっそ衣装はやめにしてロープだけにしよう。貴君ががんじがらめに縛られて、足元だけは派手なブーツ。うん。それがいいな。実に素晴らしい。エクセレント! マーベラス! それしかない。や、ぜひそうしよう。」


 男の口の端から微妙によだれが垂れているのをぼくは見逃さなかった。


「思い立ったが吉日、今からすぐキャメラテストだ。キャメラマンもすぐ来る。すぐそこだから一緒に来てくれ。」


 ぼくの肩に手をまわして、男はすごい力でぼくを車の方に引っ張っていこうとする。


 ぼくは恥も外聞もかなぐり捨てて叫んだ。


「助けて!誘拐犯です!拉致される!お巡りさん!お巡りさん!」


 後ろから「靴泥棒!下着どろぼう!」と叫ぶ女の声と「5万!、にいちゃんの言った通り5万や!」というダミ声がばたばたという足音とともに近付いてくる。 ぼくは男の手をかいくぐって走った。男が車で追いかけてくるといけないので、ぼくは細い路地だけを選んで走っているうちに、ここが一体どこなのかさっぱりわからなくなってしまった。

 

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