第34話 解錠師、天災を理解《わか》らせる。


 

「俺が……封絶ノ王エグゾード?」


 

 たしか封絶ノ王エグゾードって、人魔大戦のときに魔族やモンスターたちを率いていた厄災ディザスターの一人だよな?


「ごめん……。キミが何を言ってるのかわからないんだけど」


 この人、俺が解錠師であることは知ってるみたいだし、エリスと同じく厄災ディザスターの封印を解錠アンロックした犯人だと思い込んで攻撃を仕掛けてきたのかと思っていた。


 ──けれど、どうやらそうじゃないらしい。

 

 この感じだと、狙われてるのもアイザやペロコではなく俺だ。

 二人は何故か俺を魔王だと勘違いして攻撃を仕掛けてきているらしい。迷惑にも程があるんですけど。


「……なるほど。あくまでしらばっくれるつもりか」

 

「いや、ちょっと待ってくれ。キミは俺が解錠師だって知ってるんだろ? それなのにどうして俺が封絶ノ王エグゾードだと思うんだよ?」

 

「あァ? そんなの決まってンだろ」


 バリオスはそこで言葉を区切ると、ハルバードを両手に構えて重心を下げた構えを取る。

 殺意の対象は、やはりアイザやペロコではなく俺。バリオスの隣に立つ少女も意を決した表情を浮かべて武器を取り出した。

 自身の身長を遥かに超える、鉄の塊の大剣を。


 

「──テメェが隠してるつもりでいる『殺意と魔力』が、後ろにいる厄災ディザスターどもの比じゃねェからだよッ!!」

 


 目を閉じて開いたときには、バリオスはすでに俺の目の前にいた。

「音速を超える速さ」というのは、別に誇張でも冗談でもなく事実のようだ。だが、


「『ロックウォール』」


 バリオスが一直線に突っ込んでくるのはわかっていた。なので俺は事前に発動しておいた『土属性』の防御魔法を展開させる。


 ガキィィィィン!! と音を立てて防がれたハルバード。

 バリオスはそれを呆気なく手放すと、再び投げ込まれた別のハルバードを手に取り、大きく振りかぶった。


「先輩、いい加減モアのこと『武器庫』として使うのやめませんか!? いちいち取り出して投げるの面倒なんスけど!!」

 

「あァ? いいじゃねェか、俺とお前の仲だろ!!」


 二人は声を掛け合いながら俺を取り囲み、攻撃を続ける。

 バリオスは凄まじい速度で突っ込んでくる攻撃と、ハルバードを振りかざすことで斬撃を飛ばす攻撃を繰り出してくる。

 接近戦だけじゃなく、長距離戦までできるみたいだ。


 距離をとったところであの速度だ。すぐに追いつかれるし、何より斬撃を飛ばせる時点で距離を取ってもあまり意味は無さそうだ。

 そしてもう一人、「モア」と呼ばれていた少女。


「ロックさん。あなたが封絶ノ王エグゾードではないと言うのであれば、その証拠を見せて欲しいんスけど!!」


 彼女は、自身の身長より遥かに大きい剣を振り回している。

 証拠うんぬん言い出すなら、まずはそっちが俺を封絶ノ王エグゾードだという明確な証拠を提示するべぎじゃないか?

 魔力や殺意なんて、戦っていればイヤでも漏れ出るだろうに。


 そう考えなから、俺は振り下ろされた大剣の衝撃を緩和するように、周囲の空間を施錠ロックにより圧縮。

 圧縮された空気が目に見えない風となり、衝撃のすべてを受け流した。


「なッ……! あの衝撃を受けても動じてない!?」


 3メートルを超える大剣を振り上げながら、モアが驚愕の声をあげる。

 モアの身長は145cmくらい。あんな質量の大きいものをどうやって持っているのだろうか?

 それに大剣もそうだけど、バリオスの使うハルバードもいったいどこに隠していたんだ?

 

「はぁ、ダメだ。気になることが多すぎる」


 急に現れて攻撃を仕掛けられたかと思えば封絶ノ王エグゾードと勘違いされるし、それに二人とも天災セレスターとだけあってかなり強い。


 その上で混迷するほどの情報の多さが、俺の集中力を削りとってゆく。

 これ以上の持久戦は俺の望むところではない。

 魔力はあるけど、コントロールするのにはまだ慣れていないんだぞ?


「……なンだ? ようやく大人しく話す気になったのか?」


 攻撃の手を止め、深呼吸を繰り返す俺に対してバリオスが呟いた。大人しく話すもなにも、俺は封絶ノ王エグゾードではないんだが……まぁいい。




「──これ以上長引かせる気はない。二人まとめてかかってこい。本気で相手をしてやる」

 

「ッ……いいねェ、その『殺気』ッ!!」




 エリスにもやったような、相手を威圧する形で挑発した。

 直前に封印された魔力を解錠アンロックしているので、放出される魔力量は尋常ではない。

 これで怖気付いてくれたら楽だったんだけど……どうやらそう上手く話は進んでくれないらしい。


「モア。俺がアイツを撹乱するから、テメェは隙をついて攻撃を仕掛けろ。なんか飛ばしてきたらお前の特殊能力ユニークスキルを使って閉じ込めろ。わかったな?」

 

「まったく……人使いの荒い先輩っスよ、あなたはッ!!」


 ふたたびバリオスが姿を消した。

 まぁ消えたワケじゃなくて、目に見えない速さで動いているだけなんだけど……正直な話、目で追えずともバリオスの攻撃速度には反応できるしパターンも読めている。

 

 だからいつでも彼の攻撃を止めることが可能なワケだが、問題なのはモアの方だ。彼女は何か特別なスキルを隠しているみたいだけど──

 

 あいにくそのスキルを使わせる気はない。


「じゃあ行くぜ解錠師……いや、『封絶ノ王エグゾード』サマよォ!!」


 地面を削り取りながら俺に迫ってくるバリオス。

 今までとまったく同じ攻撃──というワケではなく、背後からと正面から、そして左右、真上と、あらゆる角度からの刺突を向けてきている。直撃すればひとたまりも無いだろう。


 だから俺は、あえて隙を見せることで「いつでもどこからでも攻撃をして来ていい」という意思表示を見せる。


「上等ォ、そのまま叩き潰してやるよッ!!」


 全方向からの音速を超える刺突。

 直撃すれば死ぬ。

 だがそんな一撃必殺の攻撃も、結局は攻撃される前に止めてしまえば意味がない。


 バリオスが足を踏み込むタイミング。

 俺はそれを『風属性』の魔法を使って音を正確に捉えていたため、バリオスが突っ込んでくる瞬間を狙い──




「【施錠ロック】」

 

「なッ……!!」




 バリオスの動きを的確に『停止ロック』させた。

 いくら速度特化させた攻撃であろうとも、タイミングさえ読めば攻撃を防ぐことは可能だ。さて……


「まずは一人。次は──」

 

「うああああああああああッ!!」


 振り向き様に大剣を振り下ろしてくるモア。

 自分の身長より遥かに大きい剣を振り回していることから、恐らく彼女は「身体強化」の魔法かスキルを使っているのだろう。


「先輩を、解放してくだ──さいッ!!」


 ブォンブォンと風を切りながら振り回される大剣。

 さすがに大ぶり過ぎて当たらないが、そのぶん衝撃波がすごい。彼女が剣を振り回すたびに、地面の表面が削れて砂塵が巻き上がっている。


 そして振り下ろされる巨大な一撃。

 それにより地面が大きく両断され、地形を変えるほどの衝撃波を生み出していた。

 

 見た感じ俺より年下に見えるけど、実力も膂力りょりょくも、俺ぐらいの歳の冒険者とは比べものにならないくらい強い。


 だけど、それだけじゃ俺には届かない。


「『フレイムランス』」


 攻撃の動作を悟られないように、腕を前に突き出すことなく魔法を発動する。

 腕を出すのは、そうした方が魔法発動する際のイメージがしやすいからだ。

 イメージを明確にした方が魔法の威力が上がることを、記憶の解錠によって認知している。


 その結果、かなり歪な形をした『フレイムランス』になってしまったけど、魔力だけは多めに込めたので威力は高い。

 それを一目見て理解したのか、モアは大剣を盾にするように剣身の表面、「フラー」で防いだ。なら次はこれだ。




「『フレイムランス』×10」

 

「はぁぁぁッ!!?」




 防御に徹しているため、こちらへの反撃はないことは目に見えていた。

 俺はその隙を逃さず、両手を前に突き出してふたたび『フレイムランス』を発動した。

 

 先ほどとは違い、10本もの炎の槍だ。

 これだけの量と威力となれば、もはや剣で防ぎ切ることは不可能。さぁ──


 

「手の内を開かしてもらおうか」

 

「くッ……! 仕方ないっスね!!」


 

 モアは大剣を捨てて左手を全面に突き出した。

 すると手のひらの先から黒い渦のようなものが展開され、様子見で放った2本ものフレイムランスが吸い込まれていった。

 

 なるほど。バリオスの扱うハルバードも、自身が振るう大剣もどこに隠していたかと思えば。


「……収納空間アイテムボックスか」


 確か前に王都で聞いたことがある。

 この世界とは別の世界からやってきた「転生者」もしくは「転移者」のみが使うことができる特殊能力ユニークスキルがあると。


 ということは彼女はそのどちらかなのだろうか?

 ……いや。それはどちらでもいいか。


「へへ、どうっスか!? 収納空間アイテムボックスにはこういう使い方だってできるんスよ!!」


 自身ありげに発言するモアは、「勝機を見た!」と言わんばかりの勢いで俺に突撃してくる。

 なるほど、たったこれだけの攻防で勝機を見出すのか。流石にそれは短絡的すぎるとしか言いようがないな。


「馬鹿野郎ッ!! ンな単純な相手じゃねェことぐらい、テメェだってわかってンだろォが!!」


 施錠ロックによって体を拘束されているバリオスがモアに向かって叫ぶ。

 

 バリオスの言う通りだ。

 普通に考えれば、いくら魔法を防げるとは言っても、バリオスの現状やこれまでの攻防を考えれば、迂闊に攻撃を仕掛けようとするのは悪手でしかない。


 だがまぁ見た感じアルシェやシトラスと同じくらいの年齢だろうし、少し腕が立つとなれば調子に乗ってしまうのも無理はないか。


「仕方ない。キミの先輩に変わって教えてやるよ」


 

 「自分の勝ちだ」と思ったとき、それが一番大きな油断となることを。

 


 俺は両手を下ろしたままに、モアへ照準を合わせてスキルを発動。

 


「【施錠ロック】」

 

「……えっ? あっ……!?」


 

 開いていた収納空間アイテムボックスが急速に閉じられ、モアは「しまった」という顔を浮かべた。

 

 ツメが甘い。あまりにも甘すぎる。

 だがそれも仕方がない。経験が足りなかったのだろう。

 自分よりも強い相手と戦うときの実践経験が。


 俺はモアが振り上げた大剣を、風魔法を使って横に逸らし、バランスを崩したタイミングで額に『アースバレット』を放つ。


「うぎゃっ!?」


 バタンっと音を立てて倒れるモア。

 威力調整をしてあるとは言え、それなりの威力の魔法をぶつけたのに、モアは目をくるくる回して気絶しているだけだった。


 傷一つついてないことから、身体能力の他に彼女自身の「体質」も関係していそうだな……なんて考えながら。


 

「……それで。まだやるつもりか?」

 

「……いや。これ以上はどうやっても無理だ。こーさん」

 


 アイザやペロコたち厄災ディザスターではなく、俺個人を狙ってきた天災セレスターたちとの戦いに幕を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る