トゥワルツ・ジェネシス〜紅黒の復讐譚〜

夜刀神 遼

第1話――プロローグ・復讐を誓った日

 ――その日は、夜なのにやけに明るかった。何事かと俺――イアンは外へ出る。

 そこは、阿鼻叫喚だった。

 燃え盛る炎の海。肌で感じる業火の熱。逃げ惑う村人達。そこかしこから上がる悲鳴。そして――夜空に紛れる、漆黒の龍。

 眼を凝らすと、その背に誰かが乗っている。目深に被った帽子のせいで、その顔を覗くことはできない。


「母さん!父さん!アイシャ!!」


 俺は家族を呼ぶ。返事は無い。息を切らしながら、俺は炎の海に飲まれているこの村を探し回る。父さん。母さん。アイシャ。一人でも、無事であることを祈りながら、ただひたすら走り続ける。

 探し始めて、十数分が経った頃。炎の明かりに照らされる大人くらいの影が二つ。その片方は、小さな子供が抱かれているような影だ。


 ――見つけた!


「父さん!母さん!アイシャ!!」


 俺は見つけた瞬間、自分の家族だと確信して、無我夢中で走っていく。

 その、瞬間。


「グゥオオオオオオァァアアアア!!!」


 夜空で滞空する龍が咆哮をあげ、何もかもを食らい尽くしそうなほどに巨大なその口から、灼熱の炎を吐き出す。その先には――


「父さん!!母さん!!!」


 ――逃げろ。


 そんな言葉が、聞こえた気がした。

 二人はアイシャを俺へ投げ飛ばすと、俺達を見つめて――文字通り、消し炭となった。


「…………父、さん………母さ……ん…………」


 ――たった今、目の前で、俺の両親が、死んだ。


 嫌だ。認めない。認めたくない。認められない。俺の脳が、今眼前で起きた事象を理解することを、拒否していた。幸か不幸か、アイシャは気を失っているようで、その眼は閉じられている。

 今の今まで眼の前にいたのに、影も形も見えなくなった両親。天を仰ぐと、相変わらず夜空よりもなお黒い龍が滞空している。その上に佇む一人の黒一色の男の眼が、炎の明かりに反射してキラリと鈍く光る。液体で滲む視界で、俺は夜空を覆う二つの影を睨み、吼える。


「オオオオオオオオォォォッッッッッッ!!!!!!」


 今は、無理だ。奴らを殺すには、非力すぎる。俺は、無力なんだ。だが、いずれ、奴らを、絶対に――


「――殺すッッ!!!!!」


 ―――――――――――――――――――――


「お兄ちゃーん!朝だよー!おーきてっ!」

「んー……もうちょい………」


 俺の耳に入る柔らかで溌溂はつらつとした心地の良い妹の声に微睡みながら、俺は布団に潜り込む。


「はいはい、いつものね。もう通用しないよ――えいっ!」


 そう言って妹――アイシャが俺から布団を引き剥がす。


「あー!俺の布団がぁ……」


 布団を剥がされ、俺は心地よい微睡みから強制的に覚醒へ促される。


「ほら、もうご飯できてるんだから!早く降りてくる!」


 エプロンを着けたアイシャが頬を膨らませながら言うと、すぐにリビングへと消えていった。


「へーい……」


 俺は渋々ベッドから降りると、そのままリビングへ向かう。

 リビングへの扉を開けると、そこから美味しそうな朝ご飯の匂いが漂う。身体はとても正直で、音を鳴らし、腹が減ったと俺に訴えかけてくる。


「おお……!美味そうだな!」

「えへへ〜、でしょ〜?ほらっ、一緒に食べよ!せーの――」

「「いっただっきまーす!」」


 二人で声を合わせ、食事の挨拶もそこそこに、眼前のご馳走に食らいつく。


「――で、お兄ちゃん今日はどうするの?」


 食後、アイシャが机に頬杖をつきながら、台所で食器を洗っている俺に向けて問う。


「冒険者ギルドに行こうと思ってな」


 俺たちの住む国は、クリスタライト王国。この国は――いや、この世界は遥か昔、十二柱の神によって創られたとされている。そして、この世界は日々、魔物という知性のない怪物の存在に日常を脅かされている。それら魔物を倒し、生態系の均衡、延いては人類生存の為に戦うのが、冒険者。その冒険者達へ、クエストという名目で討伐依頼の他、採取や護衛と言った様々な依頼をし、依頼の難易度に応じた褒賞を渡す。また、彼ら冒険者を統括しているのが、冒険者ギルドだ。


「えぇ!?お兄ちゃん冒険者になるの!?」

「ああ。十九歳になったしな。それに――」


 ――ここで、止まってる時間なんて、無いんだ。


 俺は自分の右眼の上にある火傷跡に触れながら、あの日のことを思い出す。

 十三年前の、あの日。俺達の故郷を滅ぼし、俺達の両親を焼き殺した、黒い服に身を包んだ男。あの男を探し出し、殺すまで、俺は止まらない。


「……?お兄ちゃん?」

「……ああ、すまない」


 妹の少し心配そうな声に、俺の意識は現実に戻される。

 アイシャは俺が触れてる箇所を見ると、首を傾げながら俺に問いかける。


「その跡、昔からあるよね。しかも、結構大きいし……。何があったの?」

「……ああ、これか」


 俺は、過去の話をしようとして、すぐに踏み止まる。

 そう、アイシャは当時意識を失っており、その時のことを知らない。それに、妹は当時三歳だった。覚えていなくても無理はない。


「……小さい頃に、沸かしたお湯被っちゃってさ。そん時できたんだ」

「ふーん……」


 怪訝そうな表情になるアイシャ。


「な、何だよ?」

「ん-ん、何でも」

「……?」


 言いながら、アイシャは拗ねるようにそっぽを向く。


 ――俺、何か変なこと言ったか……?


 俺は首を傾げながら、先ほど自分で口にした言葉を脳内で思い出す。だが、彼女が不機嫌になるようなことは言ってない。……言ってない、はずだ。

 それから俺が外出する前までは、アイシャは一切口を利いてくれなかった。

 いざ外出するとなると、彼女は玄関まで見送りに来る。


「……じゃ、行ってくるな」

「……うん」


 それだけ交わして、俺は振り向き、歩き出す。


「……お兄ちゃん!」


 ふと、妹が呼びかける。

 その可愛らしい声に振り向くと、そこには微笑み、佇む我が妹。


「気を付けてね!」

「……ああ!」


 ――やっぱ、俺の妹は可愛いなああぁぁ!!!


 妹への愛を爆発させながら、俺は軽い足取りでギルドへと向かうのだった。

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