第7話 会談
私はその邸宅へ行く。
馬車に乗って。従者を連れて。
「いらっしゃいませ、ローゼ様。お嬢様が中庭にてお待ちです」
ローレンツ公爵邸。
そこは、私の実家とはまた違う規模の巨大な家だ。
敷地的にも、そして権力的にもそうだ。
使用人に案内されるままに敷地の中を進んでいく。
建物の中を一度通るので、屋敷に入れたくない、なんて意図は無いだろう。
それでも『中庭』を指定したのなら、音のこもる密室では話せない、ということ。
中庭にあるオープンテラス。
そこに、彼女はいた。
「いらっしゃい、エリシア様」
「今日はお招きありがとうございます。エリシア・ローゼ、参上いたしました」
私はカーテシーで礼をする。
家格的にも、遙かに上位の相手だからだ。
私と彼女は、対等ではない。
ローレンツ公爵家令嬢、ヴィルネア・ローレンツは、微笑んで会釈を返した。
使用人に椅子を引かれ、オープンテラスに着席する。
彼女に向かい合って。
私が着席すると、彼女は人払いを指示した。
使用人たちが、話の聞こえない位置まで下がっていく。
やはりか。内密の話があるんだな。
「本日は、どのようなご用件でしょうか。ヴィルネア様」
私は単刀直入に切り出した。
彼女もまた、それを望んでいるようだったからだ。
「あの路地で会ったときの一件よ」
「何のことでしょう? 私とヴィルネア様は、路地でなどお会いしたことはございませんが?」
しらばっくれる。
あのときの約束で、お互いに『会っていない』ことにしようと言ったのだ。
それを自分から反故にはできない。
「ありがとう。それはもう良いの、バロット様との約束でしょう? わたくしの前で、この場でだけは、あの取り決めは必要無いわ」
「何がお聞きになりたいのです?」
私は思わず、頭の横に浮かぶマサクリオンをちらりと見てしまった。
そして、その視線の動きを、ヴィルネア嬢は見逃さなかった。
「そのまま聞くわ。――ずっと貴女の隣に浮いている、その生き物は何? 他の者には見えていないようだけど」
目を見開いた。見開いてしまった。
マサクリオンが見えている!? 誰にも見えてないのに!?
「驚いたね。ボクが見えているのかい」
「ええ。初めまして。お名前を聞いてもよろしいかしら?」
ヴィルネア嬢は、平然と名前を問うた。
大した度胸と胆力だ。
「ボクの名は精霊マサクリオン。人の世に虐殺が行われるとき、それを誅するために現われる。戦いの精霊だ」
そんな意味があったのか。
だからマサクル(虐殺)なのね。
「率直に聞きます。エリシア嬢。路地で会ったときの、貴女のあの大柄な姿……貴女の正体は、魔族ですの?」
「ち、違います! 私は人間です!」
危ない、やっぱり見られてたのか。
いや、今のはカマをかけられたな。
確信が持ててなかったようだけど、今の私の反応が、姿を変えていたという確信に変えてしまった。
「街壁に現われた魔族軍を、突然現われたオーガ族の貴人が魔術を使って撃退した、という報が騎士団や場内に流れています。やっぱり、貴女だったのね、エリシア嬢」
「……そうです。そのことは、何とぞご内密にお願いします」
私は素直に認めた。
ことここに至っては、そうするしかないわよ。
「なぜ、姿を変えていたの? ――私は、貴女の正体が魔族だから、王太子殿下からの婚約を拒否したのかとさえ思ったわ。あの姿は、何?」
「それはボクが答えよう。ボク自身は戦える実体を持ってない。だから、誰か強い情念を持つ人と『契約』して、代わりに戦ってもらう必要がある。あの姿は、ボクと契約して彼女が『変身』した姿だよ」
「……なるほど。貴方は、『力』を与えられても、貴方自身は何もすることができないのね」
そうなるね、とマサクリオンはうなずいた。
「きみも、ボクと『契約』してくれるかい? ボクが見える人は貴重だ」
「今は、遠慮しておきますわ。わたくしも公爵家の人間として、立場があるので」
残念だ、とはマサクリオンは言わなかった。
それはそうだ。
こんな怪しい『契約』、結ぶ人間はそういない。
断られるのは慣れっこなんだろう。
「……でも、困ったわ。そんな使命を持たれていると、王太子殿下との間を、取り持ちにくくなってしまいます」
「はい?」
意外な言葉が聞こえた。
なんで、ヴィルネアが私と王太子様の取り持とうと思うんだ?
貴女、王妃候補の筆頭じゃない。
って、そうか。マーダイン侯爵か。
「ヴィルネア様。僭越なのですが、もしや……ヴィルネア様ご自身は、マーダイン侯爵様と何か……?」
「……ええ、そうね。親しくさせていただいているわ。ただ、このままだと、私は王太子殿下に見初められてしまいそうなので。貴女が出てきてくれたから、ちょうどいいとは思っていたのよ」
なるほど。
道理で、前回の私が速やかに王太子と婚姻して王妃になれたわけだ。
その後の孤立は自分のせいだとしても、本来なら、そこまでいく間に何かしらの妨害や横やりが入るはず。
そういう障害がなかったのは、ヴィルネア様自身が王妃になることを望んでいない、と知られていたからか。
それと、私自身に人望が作れなかったのは、他の周囲の嫉妬のせいもあるだろうけど。
「では、貴女ご自身が、魔族の姿が本来の姿、というわけではないのね?」
それは違う。私はうなずいた。
「それはもう、誓って。むしろこの力は、魔族軍に対抗するためにある力です。――このことは、ご内密にお願いします。私の正体が知れると、実家の家族が危険にさらされかねませんので」
「それはそうね。むしろ、そういうことなら協力させて欲しいわ。あの人の危険も減るわけだものね。困ったことがあったら、何でも相談してちょうだい?」
あの人……マーダイン侯爵だな。
王国騎士団長だものな。魔族軍との戦いの最前線にいる人だ。
今のままだと、この国で一番死に近しい人、の第一候補だろう。
そうならないためなら、私に協力は惜しまない、というわけか。
「マーダイン侯爵にも、誰にも私の正体は秘密にしてくださるなら。願ってもない話です」
「それはそうでしょうね。絶対に秘密にするわ。貴女をあの人の代わりの生け贄にするわけにはいかないもの」
わかってくれて良かった。
それが守られないと、この関係は協力でも何でもない。
私が矢面に立つだけの、ただの人柱になってしまう。
それは、実質的にマーダイン侯爵の職務放棄に繋がってしまうから、ヴィルネア様としても話せないだろう。
それでいて、ローレンツ公爵家の一員が便宜を図ってくれるなら、それは心強い味方だ。
「この王国を、救いましょう」
「頼らせてもらうわ、エリシア嬢。あなたの肩に重責を乗せてしまうのは忍びないけれど」
この日の秘密の会談は、こうして終わった。
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