第2話 契約



「じゃあ、早速契約を結ぼう」


 毛玉はふい、と前脚を私に示した。

 そこから光の粒が宙を舞い、私に触れる。


 その瞬間、私の身体が、温かい光に包まれた。


「なに、これ……?」


「きみがボクのチカラを受け入れた。これで、契約は成立だ。きみはボクの魔法を使う、魔法少女――いや、魔法令嬢になったんだ」


 魔法なら、元々、私も少しは使えるけれど。

 それが強化された、ということなのだろうか?


 いや、魔法少女なら、前世の私の記憶と同じなら、変身とかもするのかな?


 その疑問に答えるように、精霊マサクリオンは教えてくれた。


「意識してごらん。魔法のブローチが、きみの手に現われるはずだ」


「こ、こう?」


 手を前にかざす。

 すると、小さな光とともに、私の手の中に、装飾の施された縁取りに白い宝石のはめ込まれたブローチが現われた。


「それを胸元に着けて、叫ぶんだ。『変身』と!」


 おお、やはり変身するのか!

 にわかに私の心は浮き立った。


 それはそうだろう。日本の女子で、日曜の朝に変身魔法少女のアニメを見て育たなかった子がいるだろうか?

 ましてや、それがこの王国を救うための力となれば、興奮しないわけがない!


 私は立ち上がり、それを胸に押し当てた。


『セットアップ』


「――『変身』!」


 私の身体が、光に包まれる。

 力が、満ちあふれてくる。


 衣服が替わり、光の帯が魔法の力を帯びた衣装に替わるのがわかる。

 身体が光に包まれ、みなぎる力がはち切れそうになる。


 まさしく、子どもの頃に見た魔法少女の変身シーン!


「そうだ! それこそが、ボクの魔法を受け継いだ姿――」


 これが、これが――



「――魔法少女、グレイト☆オーガちゃんの姿だよ!」



 私は筋肉ムキムキの、ゴリゴリマッチョオーガに変身した。

 魔法少女らしく、フリフリのドレスを着た。



「――何でオーガやねんッ!?」



 丸太のごと太き腕。胴回りはありそうな太もも周り。

 胸部は女性だが、それを支えるたくましき大胸筋。


 身長も元より遙かに高く、額から伸びる日本の立派な角と、口元に生える牙。


 まさしく、私はオーガになった。


「魔物になっとるやないかいッ!?」


「魔物とは人聞きの悪い、オーガは亜人種だし、その姿は『鬼神』と呼ばれるオーガ族の神を模した姿なんだよ? その拳は大地を砕くし……」


 これのどこが魔法少女だ!?

 角の生えた、女子プロレスラーも真っ青のゴリマッチョやないかい!?


「ちなみに得意な魔法は、『身体強化魔法』と波動魔法だよ。空間干渉系も取得できたみたいだね。たぶん、並の魔族程度ならパンチ一発で倒せるんじゃないかな?」


「やかましいわ! 拳で戦う魔法少女の方かッ!?」


 リリカルな感じじゃなくて、フィジカル最強の初代プリティな連中の方向性かッ!?

 もっとこう、魔砲少女な、ド派手な魔法で戦う少女もいるだろーがッ!


 ……文句を言っても仕方ない。

 この世界の『魔法少女』はオーガなのだ。私はオーガなのだ。

 それが全てだ。


「戦うのは、やっぱりイヤかい?」


「戦う云々の以前に、見た目の話があるな?」


 この姿で魔族と戦うって言っても、私の方が魔族に間違えられないか、これは。

 しかし、女は度胸だ。一度引き受けてしまったなら、仕方ない。

 たとえ、化け物の姿になろうとも。


「……いいわ、やったろうじゃないの。戦闘力はあるんでしょう、この姿?」


「それはもう! 実力に欠けてはピカイチだと思ってくれて良いよ!」


 この見た目で『魔法少女』は詐欺だろう。

 どこの世界に、身長二メートルの超人ハ○クな『少女』がいやがるんだ、ああん?

 お前の『少女』の定義、どうなってやがる、この精霊毛玉め。


 それでも。


「私も、王国の人たちを守るために、戦えるのね?」


「きみ次第だよ」


 一回目のエリシアの人生。

 たくさんの人の死を見てきた。実家の父母。騎士団。兵士。民衆。


 もう、あんな未来は、許せない。


「私にできることがあるなら、使わせてもらうわよ。マサクリオン」


「まーくんって呼んでくれて良いよ?」


「わかったわ、マサ吉」


 毛玉が、ガンッ、と衝撃を受けたようにのけぞった。

 何だ、文句あるのかマサ吉。良い名前だろうが。


「ミツケタ」


 ふと、そんな声が聞こえた。

 振り返ると、部屋の窓に、一羽のカラスが止まっていた。 

 他に人の姿はない。


 周りを見渡しながら、聞き間違いかと首を傾げて窓に近寄ると、不意にカラスが翼を広げた。

 その目は、赤い瞳。


「ミツケタゾ、マサクリオン」


「あ、もうバレたか。反応が早いね、魔族の使い魔は」


 使い魔。その言葉を聞いた瞬間、私はそのカラスを捕まえた。

 この『魔法少女』の身体、動きがものすごく速い。


 カラスは私の手の中で、潰れた声を発した。


「ホロボシテヤル、マサクリオン。オマエハ、ニゲラレナイ」


「逃げるつもりはないよ。ボクは不滅だ。――それに、きみをここで潰せば、情報は持ち帰られない。そのまま潰してくれるかい? ボクの『魔法少女』」


 私はうなずく。

 こいつが魔族の手先だというなら、この場所を知られたのはまずい。

 私のせいで、実家のローゼ伯爵家に迷惑がかかってしまう。


「ムダダ、ワレガココデキエレバ、コノ『オウト』ハオソワレル」


「構わないよ。逃がせば、この屋敷の位置が知られる。どのみち同じだ。――潰して」


 マサクリオンの声にうなずき、私はカラスを握り潰した。

 『魔法少女』の身体の握力は、たやすく使い魔の身体をひねり潰した。


 カラスの身体は一瞬で弾け、黒い霧になって消える。


「王都にいる使い魔の気配が消えれば、魔族は王都に異変を感じて襲うだろう。でも、そいつを逃がしていれば、どのみち魔族は王都も一緒に襲ったはずだ。何も変わらないよ」


「ただ……これで、敵が来る、ってわけね」


 うん、とマサクリオンはうなずいた。


『フォームアウト』


 私は変身を解き、すぐに出かける準備を始めた。

 部屋付きの侍女を呼び、共のいない外出に出る旨を伝える。


 急がなければ。


「外に出るわよ、マサクリオン。迎え撃つわ!」


「その意気だよ」



 敵が、来る。


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