魔法令嬢 グレイト☆オーガちゃん! 無双編

荒木どーふん

第1話 婚約破棄



「エリシア・ローゼ伯爵令嬢。我が婚約を受けていただけまいか?」


「お断りいたします」



 私、エリシア・ローゼは、三度目の人生を生きている。

 三度目の人生。非公式ながら王太子からの婚約申し込みを、私はぶった切った。


「それでは、失礼いたします。王太子様には、もっとふさわしい令嬢がいらっしゃいますよ、きっと」


 王城の中庭での求婚をずっぱり切り捨て、私はそのまま足早にそそくさと王太子から逃げた。逃げなければならなかったのだ。


 エリシア・ローゼの人生は二回目。

 前回のエリシアの人生で、王妃になった私は、滅び行く王国をなすすべもなく見殺すしかなかった。


 それほど、私には権力も能力も無かったのだ。


 だから、私は王妃の座を譲ろうと思う。

 悪役令嬢、と呼ばれた才媛、ヴィルネア・ローレンツ公爵令嬢に。


 彼女ならきっと、王太子を支え、その能力で王国の破滅を回避してくれる。はずだ。

 だから、王太子の求婚を受けるのは、才ある彼女こそがふさわしい。


 だって私は権力闘争に慣れていない。人を使うことに慣れていない。


 私の中身は――

 最初の人生で生きた日本の庶民、『三枝えりさ』でしか無いのだから。



*******



「受けられるもんなら受けたかったわよ!」


 実家の、自室のベッドに倒れ込んだ私は、握った手を枕に叩きつけた。

 思い出してももったいない。


 王太子の婚約者、つまりは将来の王妃だなんて。

 そりゃ誰だって憧れますよ。一生安泰じゃないですか。玉の輿じゃないですか。


 でも、安泰じゃなかったのよ。


 王太子が王位に即位して数年後、この王国は戦争のまっただ中におちいる。

 しかも、人間同士の戦争じゃない。


 魔族、つまりは魔神の眷属たちの軍勢と戦争になるのだ。


 平穏な時代なら、王妃なんて望むべくもない。

 そう思った一回目のエリシアの人生、単純な異世界転生ロマンスだとわくわくして婚約を結んだ。


 それがすべての間違いだった。


 初戦で王国軍は半壊。将軍の数が足りず、即位した王が出陣することになった。

 そこで重傷を負った王は政務も執れず、国政はマヒした。


 そこで重要になるのが、王妃の存在だ。

 王の不在にも士気を保ち規律を保ち、国家を存続させる手腕と肝っ玉が問われる。


 私は、そんなに強い王妃にはなれなかった。

 おろおろと戸惑うばかりの庶民根性の女に、どんな貴族がついていこうと言うのか。


 当然、誰もついてこなかった。

 国政は乱れ、国庫を荒らしての亡命が続き、財政・人材、ともにこの王国はズタボロになった。


 大半の貴族がこの国を見捨て、残った忠義ある騎士たちは魔族軍に惨殺された。

 毎日毎夜、誰かしらの国民の血が流れ続けた。


 結局、王が倒れてから、この国が消滅するまでに、一年もかからなかったのだ。


「無理無理無理! 私に、そんな力ない! 私じゃこの国を支えきれない!」


 そう思ったからこそ、王太子の婚約を突っぱねた。

 王家の婚約者候補には、公爵家であるヴィルネア・ローレンツ嬢もいる。


 悔しいことに、頭の回転、カリスマ、気品、どれもが私より上だ。

 彼女が王妃になれば、貴族たちもこの国を見捨てずに居続けるかも知れない。

 そう思うくらいには。


 私だって、根性は誰にも負けない。

 そう思っていても、根性だけではどうにもならない現実があるのだ。


「チカラが欲しい?」


 そんな声が聞こえた。


 バッ、と顔を上げる。


 ここは実家、ローゼ伯爵家の自分の部屋。

 王宮の中庭じゃない。


 そんな寝室に、自分以外の誰かの声が聞こえるはずがない。


 だのに、そこにはナマモノがいた。


 ベッドの上に、しれっと、ちょこん、と。毛玉のぬいぐるみのような小さなモフモフがいやがった。


 そのモフモフの毛玉は、続けてこう言いました。


「――なら、ボクと契約して、『魔法少女』になると良いよ?」


 あ、これアカン奴や。


 自分の頬をつねってみる。痛い。夢や幻覚ではない。

 そして、私には前世の日本の記憶がある。


 この勧誘の仕方をしてくる『魔法少女』のマスコットは、惨劇を呼んでくる系の奴だ。

 インキュなんとか的な。


「あんた、どっから入ってきた?」


「ボクはこの世界のどこにでもいるよ? 精霊だもの。この部屋にも、最初からいる。どこにでもいるし、どこにもいないのがこのボク、『精霊マサクリオン』だよ」


 マサクリオン……

 マサクルって、前世の英語で『虐殺』の意味なんだけど?


 そんな物騒な精霊、いてたまるかい!


「マーくん、って気軽に呼んでね?」


「呼ばないし契約もしない。帰れ」


 そんなマギカな精霊、関わりたくもないわ。

 間髪入れずに枕を投げつけて、私はこの毛玉を追い出そうとした。


 けれど、枕は毛玉をすり抜けて、ベッドの脇に落ちてしまった。

 思わず目を疑ってしまう。


 毛玉は落ちた枕を振り返って眺めながら、言った。


「ムダだよ。ボクはどこにでもいるし、どこにもいない。幻のような、『世界の意志』の一つだよ。それが精霊なんだ」


「……そんな大層なものが、なんで私なんかのところに?」


 毛玉はふわりと浮いて、言った。

 淡々と。


「魔族軍の指揮官、『魔王』は因果律の脅威だから。――それに対抗するチカラを欲する、ボクが見える人を探してたんだ。この国を、滅ぼされたくないんだろう?」


「あんたが、魔族じゃないって保証は?」


 契約、というのが気になる。

 こいつは、私に何を求める気なの?


「ボクが求めるのは、敵対する魔族の討伐。魔族軍の力を削ぎたい。敵対しない魔族は別にいい。魔族も一枚岩じゃないから。――ボクの魔法を使って、戦ってくれる人を探してるんだ」


 私は考える。

 利害は、一致している。


 私だって、自分のいる国を滅ぼされるのを、指をくわえて見ていたくはない。


「……私に、不利益な点は?」


「ボクはどこにもいない。ボクのチカラを使っても、戦うのはきみだ。傷つくのも、ときに死ぬのもきみだ。ボクじゃない。ボクは、直接には戦えない、不滅の存在だから」


 無敵な代わりに、直接的には無害。

 そういうことなのね。


 だから、私に代わりに戦え、と。


「……良いわよ」


 どうせ。このままだと、この国は滅びる。私も死ぬ。

 一回目のエリシアの人生で、王国の滅びを止められなかった私だ。


 その償いができるチカラが手に入るなら、悪くはない。


 だから、私は言った。

 私にだって、根性も意地もあるんだ。



「その契約、結びましょう」



 毛玉が――

 マサクリオンが、不穏に笑った気がした。


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