異世界、語り部、そして

ロムブック

第一話 語り部

 髙橋カケルは、かたの前でこれまでことを話す機会が与えられた。高橋ではなく梯子高の髙橋だ。語り部とはこの国、ファンタジー王国の記録係である。語り部グループは存在していて武勇や美談、珍しい話を神官が後世へ語り継ぐ義務として使命を全うしていた。日常会話のスペシャリストのことでもある。髙橋はそのために呼び出されたのだ。


 王国を救った傭兵あがりの騎士。

 死者を蘇らせ王国に危機をもたらしたならず者。

 竜の背に乗りたった一人で戦争を終わらせた、選ばれた少女。

 などの逸話があるのだ。


「ではカケル最初の質問です。順に正しく答えてください。良いですね。まずは最初の質問。あなたはどこから来ましたか?」

 刺繍ししゅうの入った白いローブを着た、語り部の女性神官が口を開いた。


「こことは違う世界から」

 髙橋は片膝を着いて辞儀をした。


「よろしい。では次の質問です」


「どうぞ神官」


 神官は神聖だ。だがどうして神聖なのか髙橋はそれを知らない。

 髙橋はまた頭を下げ辞儀をした。これは相手に対する敬意の表れなのだ。対峙する女性の神聖さに対する敬意なのだ。無礼をしてはこちらが叱られてしまうことを髙橋は恐れているが、そこまで硬くなる必要はないのだ。髙橋はまだ片膝を着いたままの姿勢だ。


「そこはどのような世界?」

 語り部の女性は両手を広げて髙橋に聞いた。これはカケルを試すテストでもあるのだ。本当にこのイデアに相応しいかどうかの。嘘をついていないかどうかの。


「車が一日中走っていてうるさいです。それも公害のひとつで社会では迷惑になります」


「車...。」


「人を乗せて運ぶ台車みたいなものです」


「なるほど」

 語り部の女性は髙橋のその説明に微笑み、姿勢をなおした。


 髙橋は体調の変化を感じた。それでも表情を変えず真剣に続ける。

 髙橋の額から汗が流れる。具合いが悪いのだ。


「では次の質問。あなたは今年で何歳になりましたか」


「十六です。この国の最長年齢は五十歳だと聞くので、まだ若いほうだと思う」


「そうですね。語り部グループの司祭がちょうど五十歳です。でも最高齢はもっと上、百歳を越える人もいる。」


「では最後の質問です。あなたはこの国に来て一体何をしましたか」


「イデア内の掃除をしながら、ずっとそう。帰る手掛かりを探していた。」

 嘘を言っていないようだと神官は思い、頷く。


 髙橋はこれまでの記憶を辿り逡巡した。


「帰る手掛かりとは何のことですか」

 神官の表情が硬くなったのがわかる。重要なところなのだろうか。


「ここへ来た理由を、探せば、わかるんじゃないかと思った。でもそんなもの全くわからなかった。突然何の前触れもなく、気が付けばここファンタジー王国にいたと思う」


 カケルはそこまで言うと、もう立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。こういうことがこの王国に来てから極たまにあるのだ。


「誰かすぐに来て」と言った神官の声を最後にカケルの意識が薄れた。

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