8 おやすみデイドリーマー

 目を開けるとベッドに横たわっていた。

 機械音と見覚えのある壁の時計から、ここが整備室であることがわかる。

 顔を動かすと、ベッドのそばに座っていた担任と目が合った。

「対象は無事でしたか」

 僕の質問に、担任は目だけでうなずく。

「ミシマさんは保護しました。左足に小さな擦り傷がある以外は、身体に異常はありません。ただ、精神的に不安定になっていますので、提携先の大学病院への入院が決まりました。ここには、もう戻ってこないでしょう」

 淡々と話す担任の声には、何の感情も込められていなかった。

「……先生だったんですね、前に、僕が担当した支援対象は」

 その問いに、担任の肩がわずかにゆれる。

「あの時も、僕は失敗しました。支援レベルの判断を誤り、あなたに深く関わり過ぎた。そのせいで、あなたの自立を阻害し、精神的な安定と成長の機会を奪ってしまった。さらに危機管理を怠ったことで、あなたに僕たちが支援アンドロイドだと気付かれ、動揺したあなたは校舎を飛び出して、事故にあった」

 響くブレーキ音、誰かの叫び声、あざやかな空の青がよみがえる。あの時も、飛び出した少女の身代わりに僕が道路に転がったのだ。電源が落ちる直前に聞いた泣き声は、おそらく少女のものだった。

「対象の保護責任が果たせず申し訳ありませんでした」

 謝罪は、おそらく受け入れてはもらえない。かたちばかりの言葉は、整備室の空気にとけて消えていった。

「あなたは、今なにを考えていますか」

 しばらくして、担任が口を開いた。質問内容を受けて、求められた答えを返す。

「今回の失敗を参考に、次回の対応について計算し直しています。行動を修正し、対象への適切なアプローチを模索します」

 今回は記録の再生が上手くいかなかった。時おり見た白昼夢のような既視感は、データバグの影響だ。

「ミシマユカリが何に傷付いたのか、あなたは理解できますか」

 担任の質問は続いた。僕が答える前に、担任はさらに続ける。

「社会復帰支援学校の更生プログラムは、理想的な環境を提供することにあります。その環境の中で人間本来の豊かな心と自尊心を取り戻す。あまやかで幸福な世界を作ること。全てが自分の都合よく進むその世界が、ただの虚構であったと気付いてしまった人間の心が、人工知能のあなたに理解できますか」

 担任は、そこではじめて僕の目を見た。

「ねえ、わかる? セイジくん」

 僕は答えなかった。この頭のコンピューターがいくつか出した答えの中から、どれを担任が求めているかわからなかったからだ。

 担任は立ち上がった。

「今回の失敗で、国は社会復帰支援学校のプログラムを一時凍結することを決定しました。これからしばらくの間、あなたたちは待機モードに入ります。クラスのメンバーはすでに落ちていますが、あなたは修理の必要がありますので、ここにいてください」

 担任の手が電源のスイッチを押す。

「おやすみなさい、幸せな夢を」

 まぶたが落ちる直前、担任の頬に光る何かを見たような気がした。

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おやすみデイドリーマー 伏目しい @fushime

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