第25話 やさぐれ錬金術師の独白
深夜を回るとパウラはテーブルに突っ伏して眠ってしまい、リタもウトウトし始めた。
私も少し眠気がある。でも、エカード先生は戻ってこない。
やっぱり探しに行こう。
ここずっと彼は町へ薬を売り歩くのも避けていたし、規則正しく仕事してご飯を食べて就寝していた。たまに工房で引きこもっていたこともあったけど、夜中に外へ出てずっと帰らずにいたことはない。
「リタ、お部屋で眠ってね」
「うぅ……お嬢様も早くお休みくださいまし。エカード様なら、きっと大丈夫ですよぉ」
リタは寝言のように言い、お部屋に引っ込んだ。
パウラはきっと起きないからそのままにしておく。
私は玄関脇にかけていたフードつきのマントをまとい、魔石ライトとブザーつきブローチをマントの留め具につけ、腰のベルトにハンマーを挿して外に出た。
真っ暗な森を早々に抜け出し、ノイギーア町まで行けば酒場で談笑する若者パーティや屈強な戦士がたむろしているのを避けながら歩く。
まず向かったのは、ディアナさんがやってるお店『シェーデル・ミュートス』へ。
お昼は人がぜんぜんいないお店だけど、聞いていたとおり夜はそれなりにお客さんがいる。
お店は魔法の発光管を使った看板が煌々とピンク色に光っていて妖艶な雰囲気。
思い切ってお店に入るも……なんだか顔色の悪い男の人たちがいるばかりで、先生らしき人は見当たらない。
「おや、ケイトじゃないか!」
「あ、ディアナさん……あの、エカード、兄様はいます?」
エカード先生の妹という設定を忘れず、しっかり「兄様」と付け足したけど怪しまれてなさそう。
ディアナさんは料理をたくさん持っていて、かなり忙しいみたい。
「あー、見てないねぇ。なんだい、いないのかい、あのボンクラは」
「おーい、おかみ! 早く酒をもってこいよ!」
「はいはい! すまないね、ケイト。このとおりさ。エカードならほっときゃ朝には戻ってくるよ」
そう言い残し、ディアナさんはお客さんの相手に戻る。
私はすごすごとお店を後にした。
困ったわね……酒場を一軒一軒見て回るのは正直怖い。
グレル、どこかにいないかな。
そんな弱気な気持ちが出てしまい、私はシャンと背筋を伸ばして頬を思い切り叩いた。
夜に先生を外に出したのがいけなかったのよ。しっかりなさい、カトリーナ。
それからは、ただひたすら地道にお店を回った。
フードをかぶって顔が見えないようにし、いなさそうだったらすぐに引っ込む。そうやってなんとか身を守りながら歩いた。
ま、いざとなったらハンマーを見せれば大丈夫、だと思う。
するとお店のドアから一人の痩せた男性が出てきて、私にぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ」
ぶっきらぼうに言われる。良かった、難癖つけられたらどうしようかと思ったわ……。
それからも何人か物騒な戦士たちが出てきて、私はドアに隠れるようにして立っていた。
人の出入りが多いお店ね。看板はあるけど、暗がりでよく読めない。
私は別のお店を見た。もう五軒目くらいかしら。
中は賑わっていて、オレンジの灯りが点々とあるだけで薄暗い。カウンターといくつかのテーブル席がある酒場。
そのカウンターの奥にエカード先生がいた。
私はすぐに中へ入り、先生の元へ向かう。
グラスを片手に持った先生の横顔は、見たことないくらいに暗かった。
「マスター、もう一杯」
「もうやめときなって。あんた、これで七杯目だぜ」
大柄で色黒のマスターが困ったように言う。
それでもエカード先生は首を振ってグラスを突き出した。
「ほら、早く。金ならあるんだ」
「あんたに余るほどの金をもたせたらとんでもない飲んだくれになるんだな」
「うるせぇ。こっちは人生最悪な日並の屈辱味わってんだ。好きにさせろ」
その言葉を聞いて、私はなんだか声をかけにくくなった。
先生の近くの席に座ってしまい、ひっそりと彼の独白に耳を傾ける。
「あんたの人生最悪な日ねぇ。いつもやさぐれてた錬金術師がよく言うぜ」
マスターが冷やかしながら黄金色のお酒を先生に出す。
エカード先生はお酒を煽り、ため息をついて言った。
「子供の頃から、ずっっっとバカにされてきた人生だったさ。こんな子供が錬金術師だと?ってな。しかもただの平民風情が調子に乗るなと。僕より一回りも二回りも大きな大人のくせしてよ。そんなあいつらは、ろくに勉強もせず親の金食いつぶして遊んで、金の力で出世していくんだ」
「まぁ、貴族の世界だよな」
「そうだ。そんで、僕はただの平民。体が丈夫じゃなかったから遊びにも行けなくて、ただ本だけ読んで過ごしてた。そしたら錬金術が使えるようになった。それだけさ」
「ふーん。天才だったんだな」
「そう。僕は天才なんだ。でも、天才になんかなるんじゃなかったよ。今思えば」
いつもの口癖には悲哀がこもっている。
私は息を止めて先生の言葉を待った。
「僕は、創造が好きなんだ。本の中にあった森羅万象を自分の手で生み出したい。でも、それはいつしか貴族の同僚たちを見返すための理由になっていった……僕は、あいつらより優れているんだと証明するために、認められるために、この頭だけで創造したものを作るって」
そう言うと彼はお酒を煽る。
一気に飲んだからか、少しむせながら彼は言葉をゆっくり続けた。
「ここまでいくともう純粋な思いじゃいられない。もうどんどんそうなっていってさ、悪魔に取り憑かれてたんだ。それで……それで、禁忌を犯した」
禁忌──。
この国における錬金術の禁忌は……
「作ろうとしたんだ。ホムンクルスを。でも失敗した」
私は止めていた息を吐き出した。
まさかエカード先生がそこまで追い詰められていたなんて、当時は知らなかった。
「まぁー、禁忌だからなぁ。あははっ。見つかって尋問されて、クビ。あっけなかったなぁ、僕のクビ」
そう言うと彼は悲しそうに笑った。
「クククッ。おかげでこのザマだよ。まったく、とんだ驕りだ。でも、あのままあそこにいても僕は腐っていただろうな」
マスターはもう聞いていないようだった。
相槌のない独白は、とても痛々しい。背中が泣いているように見える。
「そのことを今日、思い出したんだ。僕があんなことをしなければ……なんて。クビになってからやさぐれてた時代が蘇ったさ……忘れてたよ、あそこから出ても不自由なままだって。何が無味乾燥な未来を捨てて自由を手に入れてやる、だよ。自由なんかない、どこにも」
「そんなことないです!」
私は思わず立ち上がり、先生の背中に向かって言った。
エカード先生は驚いて振り返り、私をじっと見る。
「カトリーナ……」
でもすぐに顔をそむける。
そんな彼の横に立ち、私はそっと背中をさすった。
「ねぇ、先生。これまでいろんなものを私と作ってきましたよね。その時の先生は楽しそうでした。どこまでも自由でした」
「聞いてたのか。まったく、お節介もここまでくると厄介だな」
「いいですよ、今日はどんどん愚痴を言ってください」
「優しくするな。こんな姿、見せたくなかったのに」
エカード先生は私から顔をそむけ、ボソボソと言った。
またかっこつけてる。もうとっくにかっこよくないのに、無理するんだから。
「ずっと順調なのが不思議なくらいなんですよ。ちょっとつまずくくらい、どうってことないですよ。傷はすぐに治ります」
「それは僕が作った薬で治すからだろ」
そう言われてしまえばそうなんだけど。
「でも、先生の人生はここで終わるわけじゃないでしょう? 私とこれからもたくさんのものを作りましょう。ね?」
きっと今は何を言っても無駄なのよ。でも、言わずにはいられない。
こんなに不器用でかっこ悪くて、自分のプライドとトラウマで葛藤している人をほっとけない。
エカード先生はわずかに紅潮させた頬を見せ、おずおずと私に顔を向けた。
「ごめん」
「ふふっ。素直でよろしい」
「やめろ。どっちが子供かわからなくなる」
「先生は子供らしい子供時代を過ごしてないですもんね……いいじゃないですか、たまには甘えても」
すると、エカード先生は深いため息をついて項垂れた。
「君は、僕の過去を知っても臆さないんだな。とんでもないことをしたのに」
「成功してないんだから大丈夫です。良かったですよ、天才でも作れないものだったって知れて」
澄まして言い、先生の横に座る。
そんな私にエカード先生は気を抜いたように笑った。そして、私の横髪を触る。
「大人になったな、カトリーナ」
その柔らかな視線、低い声、横髪を撫でる指が頬に当たり、私は少しドキッとした。
「本当にすまなかったよ、カトリーナ。これからはしっかりやろう。看板も作れるように、ニーゼン商会に働きかける。そうしよう。それがいい」
私の状況にまったく気づかないエカード先生が続ける。私は「は、はい」と固い返事をするだけで、まともに聞いていなかった。
なんだろう。お酒の香りもあって、先生の色気がすごい。
落ち着こう、落ち着くのよカトリーナ。雰囲気に飲まれてはダメ。
そう思っていたら、エカード先生は私の肩に頭を乗せた。
「せっ! 先生っ!?」
ひぇぇぇっ! 困った! どうしよう! 先生ってそういえば、私のこと好きだっていう疑惑があったわね! なんで今ここで思い出しちゃったんだろ!
「カトリーナ。僕は君がいて救われたよ。たとえ君の前世が……」
え? え? 何? 今何が起きてるの!?
どうしよう。こんな公衆の面前で、こんな、こんな……私、どうしたらいいのかしら!?
大人の関係って、よく知らないのよ!
ひとまず先生を剥がそうと、私は彼の肩を掴んだ。
「もう先生、飲みすぎですよ……って」
寝息を立てて安らかに眠ってらっしゃる──────っ!
***
仕方ないので、私はその場にいた皆さんに手伝ってもらい、先生を運ぶことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます