第8話 無理なく楽しく働こう

 エカード先生の作業は、私の作業台からもよく見える位置にあるんだけど、何をやっているのかぜんぜんわからなかった。

 薬草を手で包んで瓶に入れて、そこから何をしたのかわからない。葉っぱが水色や紫、赤、緑などあらゆる色の液体に変化し、そこに魔力を注いだのか液体が光ってキラキラした薬ができあがっていった。それをいくつも作っていく。


 一方、私は先生が思い描く魔石ライトについて思案していた。


「つかぬことを聞きますが、設計図はあるんですか?」

「ない」


 即答が返ってきてしまい、私は項垂れた。

 するとエカード先生は、やや気まずそうにゆっくりと考えながら言った。


「強いて言えば、松明みたいなものの先端が炎じゃなくて石の灯りで輝くような。そんなのがいい」

「あ! それならわかります」


 昨日の夜、私も即席で作ったものを思い出す。あれくらいのなら容易いわ。


 そこで私はハッとする。エカード先生の頭の中にあるものと作成したものの違いが顕著……ううん、余計なことは考えない!


 ひとまず鉄の棒を手元に置き、ハンマーに魔力をこめ、イメージする。


 まずは使う人のことを考えてみよう。老若男女、子どもも使いやすいものがいいかもしれない。

 形は持ちやすい太さ。細すぎてもダメ。太すぎてもダメ。なんなら持ちやすいように柄を工夫しよう。魔石をはめ込む場所はどこがいいかしら。

 一旦、先端部分に取り付けるという方向でいこうかな。うん。これでいい。


「えい!」


 ハンマーを叩くと、鉄の棒がパアッとピンク色に輝いた。

 みるみるうちにイメージ通りに鉄の形が変わっていく。


 持ち手となる柄は丸く膨らみがあって握りやすくした。ライト部分は松明からアイデアをいただき、魔石をはめこめるようにくぼみを作っている。

 手に持つと、少し重たいかも?

 改良を重ねるためハンマーで叩く。すると、軽くて丈夫な魔石ライトが出来上がった。


「エカード先生、こういう感じでいかがでしょう?」


 薬の生成も終盤な先生が、薬瓶を持ったままこちらを見る。


「ほう……ほうほうほう!」


 作業台を出て私のもとへ駆け寄ってくるなり、なにやら興味深そうにうなずくエカード先生。私の魔石ライトを両手で持ち、くまなく見つめる。


「ちょっと魔石を入れてみよう」


 そう言って彼はすぐさま二階へ上がり、なにかを抱えて帰ってきた。

 平べったくも頑丈な木製のケースで、蓋をパカッと開けば美しく磨かれた魔石がいくつか入っていた。

 そのうちの白い石を取り、さっそく魔石ライトの先端にはめこむ。

 カチッと音がし、接合されたことがわかる。そのままライトはまばゆい光を放った。


「うん、いいな」


 エカード先生は満足そうに言った。


「この白い石は光魔法がこもった石だ。もしかすると火魔法の石でも同じようにできるかもしれない」

「先生のイメージ通りですか?」


 おずおずと訊いてみると、エカード先生は「あぁ」と気に入ったようにうなずいた。


「上出来だ。これをどんどん作ってくれ」

「はい!」


 私も嬉しくなって胸の中が熱くなった。

 エカード先生の思い描くものを作れたこともだけど、自分の力で物を作ったことがとても嬉しいし楽しい。

 あぁ、私はこういうことがやりたかったのよ!


「よーし! どんどん作ろう!」


 腕まくりをして、鉄の棒にハンマーを当てていく。

 一個作ってしまえば、あとは同じものをイメージして作るだけ。とにかく素材がなくなるまでどんどん大量生産していった。


 ***


 それから私は夢中で魔石ライトを作成していた。ハンマーで叩く。叩く。

 たた……


「おい、カトリーナ!」


 その声と同時にハンマーがするっと手の中から消える。

 何事かと思ったら、先生が魔法でハンマーを奪っていた。


「何するんですか!」

「昼食だ。さすがに没頭し過ぎだぞ」

「食事なんて摂ってる場合じゃありませんよ。まだ作らないと」

「君のその勤勉さは目を見張るものがあるが……休憩も大事だ」


 呆れたように眉間をつまんで言う先生の言葉は一理ある。

 作業から一旦離れると、お腹がぐぅうううううっと情けなく叫んだ。


「ほら」

「う……はい」


 こころなしか体も疲れているような。


 ヘロヘロな体で平屋に戻り、テーブルに突っ伏しておくとキッチンからいい香りがした。

 エカード先生はベーコンと目玉焼き、チーズをパンにはさんだものを作ると私の前に置く。

 複数の薬草をポットに入れた滋養にいいお茶をカップに注ぎ入れてもらい、今朝と同じように向かい合って食事する。


「いただきます!」


 ボソボソのパンだけど、ベーコンは塩気がしっかりしていて、卵はとろっと半熟で熱々。その熱でとろけたチーズが最高にマッチしていておいしい!


「慌てて食べるな」

「ふぁい。もぐもぐ」


 喉につまらせないよう、しっかり咀嚼して飲み込み、お茶を含む。爽やかな清涼感があり、渋みの中にほんのりとした甘みを感じた。


「先生って、お料理上手ですよねー」

「そうか? まぁ、実家が食べ物を売ってたからな。舌は肥えてるかもしれない」

「なるほど。ご実家ではどんなお料理を売ってらしたんですか?」

「こういうの」


 そう言って先生は具材をパンではさんだものを持ってヒラヒラ振った。


「軽食とお茶、あとは甘味とか酒も少々。冬はスープを大量に作って、荷車で売り歩いてたものさ」

「へぇぇ。ということは、喫茶なるものだったのかしら」

「そう。いろいろ出してたけどな。とにかく簡単に食べられて美味いものだ。僕もそういうのしか作らないから、貴族の食事のようなものは難しいかな」

「あら、私は貴族の食事よりも先生の手料理が好きですよ」


 今朝もそうやってなんだか卑屈なことを言ってたよね。

 なんだか探るように私を見てくるし。


「お嬢様の戯言か」

「違いますよ! 純粋な気持ちです! 私が嘘つけないの、ご存じでしょう?」


 まったく失礼しちゃうわ。ムスッとしながらパンをかじり、もぐもぐ食べる。

 エカード先生は肩をすくめてパンにかぶりついた。


「先生は貴族に対してコンプレックスでもあるんですか?」

「あるよ。そりゃね。錬金術師のほとんどは貴族出身だし、貴族じゃないにしても名家だったり、裕福な家の子だったり。僕は中流家庭だし、どんなに頑張っても金のあるやつらは僕を見下す」


 そう苦々しく言うエカード先生はお茶をぐいっと飲み、口元を手の甲で拭った。

 見た目は貴族とも遜色ないのに、仕草は確かに貴族の中にはない、かも。


「おまけに僕は若くしてトップに上り詰めたからな。いやー、いびられたよ。大人げない連中ばかりの中で、どうにか舐められないよう仕事だけはしっかり全部、前倒しでやってた」

「すごい……」


 全部前倒しで片付けちゃうこともだけど、その負けず嫌いなところもすごい。

 そしてお金にこだわるのも、きっとここからきているのかもしれないとなんとなく思った。


「さて、食べたら僕は昼寝する。君も働き詰めはダメだ。魔力が切れると君はすぐ熱を出すんだから、しっかり休むように」

「う……はぁい」


 休むよりも働きたかったわ。

 でも、私の体の弱さをよく知っているエカード先生に言われちゃ敵わない。

 それにやりすぎて倒れちゃったら、先生に迷惑がかかるし……。


 食事を済ませ、エカード先生は本当にベッドに寝転がると静かに寝息を立て始めた。

 その間に私は食器を片付ける。

 キッチンはこれも先生の手作りなのか、タイル張りのシンクに桶が置いてあった。私はポンプから桶に水を入れ、食器を浸した。水桶の中で食器に綿の布を当ててこすり、汚れを落とす。

 こんな感じでいいかしら……。

 水で汚れが落ちても、きれいになっているかよくわからない。ひとまず水から上げて、水滴を落とそうと思い切りお皿を振った。


「えい!」


 ブンッ!と強い風の音がし、私の手からお皿が消えた。

 次の瞬間、ガシャンと大きな音がし、壁にお皿が激突したことがわかった。パリンと陶器のお皿が割れる。


「あぁ……ああああああ」


 すぐさま居間に戻るも、エカード先生は寝返りを打つだけで起きる素振りがない。


「よし、直しちゃお」


 ハンマーでお皿を叩く。黄色の光がお皿を包み、あっという間にきれいになった。

 家事スキルはなくても、鍛冶スキルがあれば誤魔化せる!


 カトリーナ・ライデンシャフト、十八年の生涯で初めて誤魔化しを覚えた。

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