第27話 ミシェット・アガーテ

 ミシェット・アガーテ――エルモンド騎士養成学院初、女子の外征科の首席合格者であり、更には九年間誰一度も首席の座を奪われず卒業した怪物である。

  

 総合評価1000点満点中、卒業必要スコアは650前後。

 外征科の平均卒業スコアは710点とされる中、ミシェットは驚異の948点を叩き出した。


 ミシェットが在学中の時点では、外征科に女子はほとんど存在しなかったが、彼女の存在が女子専用寮の新設を促したわけである。


「ミーシャさんって凄いんですね」


 思わず零れたリオの言葉に、寮長――レペト・グランセムは顔を引きつらせた。さっきまで張り上げていた声は一変して、かすれている。

 何回かミシェットの拳が飛んできたからである。


「……凄いというより、恐ろしいという言葉の方がしっくりくるな」


 顔面があざだらけになった、レペト・グランセム寮長。うわごとのようにリオの言葉を訂正する彼は、ミシェットの所業を語りだした。

 所々、肩を震わせて話すその姿は説得力の塊であった。


「当時の奴は女子である自分にすら勝てない周りが腑抜けていると思ったのか、“心身向上”と称して、過酷な授業がぬるま湯に見えるほど苛烈な訓練を強行した」


「地獄だなんてそんな……」


「自覚あるじゃねえか!」


 懐かしむようなミシェットの言葉に突っ込む寮長。


「おまえ……同級生を何人破壊したか言ってみろ」


「呼吸した数を聞かれても答えようが無いでありましょう?」


 ――それが比喩であると分かったとしても、何千、何万、数えることすらできない、数えようとすら思わない無意識の呼吸と同列に扱って語るその姿は、悪魔といって差し支えなかった。


 リオは二人の様子にポカーンとし、寮長は「やっぱこいつの近くにいたらダメだわ」と確信する。


「お嬢ちゃん、そいつは最低なことに自前で回復魔法が使える稀有な存在だ。だから悪いことは言わない。その悪魔と関わるのは辞めておけ」


「え、えっと……」


 回復魔法が使えるのと、関わるのを辞めなくてはいけない理由が結びつかず困惑するリオ。


 しかし、寮長のあざだらけの顔をしれっと回復させ、再び拳をお見舞いするミシェットを見て、何かを察する。


 回復魔法が使える。即ち、物理的にできた傷を癒すことができる。

 彼が言いたいのは、ミシェットが破壊した人間は、彼女が回復させる限り、半永久的に修練を続行できるという点。


 そして何より――……。


「まったく、此方こなたのどこが悪魔というのです」


「おまえ……自分の修練法を言ってみろや!」


「至って普通でありますが」


「……自分の臓器に骨、外皮に神経、他にも色々。“異能”で破壊して、一番戦闘に適した身体を引き続ける気狂いが何言ってるんだ」


 ミシェットは極至近距離という条件が必要なものの、対照を自壊させるあまりにも凶悪な異能【淘汰エリミネーション】を持つ。

 

 悪い部分は異能で破壊。回復魔法で修復。その二つは、相乗効果でとてつもない効果を発揮する為、自分の体を再構築するという荒技が可能であると――

 そうして彼女は賭博のように自分の体の最適解を求めつつ、何度も自壊しては再生を繰り返す正気とは思えない手法を取った。


 激痛を伴うが、気にせず何千回という試行錯誤を重ねた狂気の類。

 普通の人であれば、ドン引きするような話だが、ここにはミシェットと似た精神の者が一人いる。


「それ、自分にもできるんですか?」


 ――リオである。


 彼、あるいは彼女自身、強くなれる可能性がごく僅かでもあるなら、どんな手段であろうとやる側の人間だ。


 自分がどれだけ傷ついて苦しんでも関係ない。

 そのせいで、カルゴやアネットに心配をかけ一度は考え直したものの結局根は変わらない。


 大真面目に質問するリオの瞳を見て、「嗚呼この子は本気で言ってるんだな」って気配をひしひしと感じるミシェット。

 できることならやってあげたいと彼女は思うが、まだ十歳程度の少女にやるのは、さすがのミシェット・アガーテでも憚られる。


淘汰エリミネーションも回復魔法も、自身の外側にいくにつれ繊細な制御が効かなくなる故、他人ひとにそれをやることは基本無いし、できないでありますね」


「嘘つけ。できるだろ」


 余計なことを言う寮長にミシェットは拳をもう一発お見舞い。撃沈したのを確認、話を戻し説明を付け加える。


「……外から身体を再構築する行為は、目隠しを付けながら無数に存在する数も形も大きさも不明瞭な針全てに糸を通すようなもの」


 それ故に制御は効かず、ミスをすれば耐え難い痛みに襲われることになると。

 だから――……


「拷問に使うことはあっても、他者の修行に使うことは無いです」


「そう、なんですね」


 リオは少し、しょんぼりした。もしかしたら、自分の成長限界を取っ払ってくれるかもしれないと期待したから。


「……というか、連れのお嬢ちゃんはこいつのこと知らなかったのか? 見たところだいぶ幼いようだし、うちの生徒ではなさそうだが」


 寮長はいち早く話を終わらせたかった。


 ミシェットの目の前からとっととズラかりたかったためか、真意は彼の中にしか解はない。

 ただ、少なくとも少女リオの“異常性”には気づかなかった。


「そういえば此処を訪ねた理由の方を話していなかったでありますね」


「ああ。悪魔が襲ってきてそれどころじゃなかったからな」


 寮長の声は既に半泣き状態。

 もう何でもいいから逃げ出したい。その一心である。

 しかし、世の中は非常にも彼にとって最悪の展開を与えていた。


「外征科女子寮に住まうことになったこの子――リオの紹介と、卒業まで此方こなたが従者として同行する旨を伝えに参りました」


 言葉を受信、処理し、続いて放心、……からの絶句。

 もはや是非もなし。彼は膝から崩れ落ちた。

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一般TS少女による剣聖到達への常軌を逸した試み 猫渕 雨 @Yume_Ututu

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