第24話 外征騎士の第一歩
退院後、アンリさんから辺境にある宿舎に住まわせてもらった。
それと同時に、アルスランス公爵家が擁する外征騎士団なるものに入らないかとクリスさんに言われたけど、今回の話は慎重に決めたい。
自分の判断でアネットさんの脚が無くなったのだから、おいそれと決断できない。
「……リオ、まだ悩んでるの?」
「そう、ですね」
アネットさんが杖をつきながら、器用に椅子に座るのを見ると、居た堪れない気持ちになる。
みんなが、“リオのせいじゃ無いよ”と慰めてくれるけど、結局どうだって言えてしまうから……
自己嫌悪の連続だ。
弱い自分は、いつになったら「みんなが傷つかないから安心して」と胸を張れるくらい、強くなれるんだろう。
ノマドさんは、自分に向かって剣聖になれると言ってくれたけど、自信がない。
せっかくアンリさんから頂いた刀も、無用の長物になってしまうかもしれない。そんな不甲斐なさと憤りが、頭の片隅から離れてくれない。
そんな中、対面に座っているアネットさんが、息を吸ってなにかを飲み込んだような仕草をした後、ふと喋り出した。
「ねえ、リオ。私はそこまで戦いは得意ってわけじゃないから、ちょうど良い機会だと思ってるの」
――だから気にしないで、と。
暗にそう告げる彼女。
「それに、忙しくなれば悩む暇なんて無くなるでしょ? 行ってみて、後になって振り返ればいい。何度も失敗しなさい。そして、成功しなさい。私から言えるのはそれだけ」
そう言って、わざわざ立ち上がってからこちらの方にぎこちなく歩いてきて、優しく頭を撫でて抱きしめてくれた。
「先に進みなさい。お頭もそれを望んでるわ」
「……アネットさん、その言葉はずるいです」
酷くて狡くて、温かい人だ。
ノマドさんが今の自分を見たらなんて言うのかなんて、容易に想像がつく。
“お前は地面を這ってでも、先へ行けるだろ?”って。
「元気、出ました」
人は目標があると頑張れるっていうけど、剣聖は今の所、辿り着くための道が見えなさすぎるから、せめて無理したら達成できる目標を立ててみよう。
まずは、この世界に来る前に考えてた、物語に出てくるようなキャラクターみたいに近づけるように。
――――――
――――
――
「おもりを体につけたい? その歳で変に負荷をかけると歪な形で成長すると思うが……」
「これくらいの鉄の重さと同じくらいの体に着込む服と、その半分ぐらいの重さの腕輪を二つくらいだとどうですか?」
「うーむ、なんとも言えんな。やるとしても、カルゴ殿が扱う気功術で毎日身体を整えてもらえば効果はあると思うが……」
アンリさんのアトリエにて。
修行といえばでお馴染みのトレーニング方を実践するべく、無茶なお願いを彼女にしてみることにした。
ほんとにそれで強くなれるかはさておき、ある程度身体の強度はあるはずだから、遠回りでもやれることはやっておきたい。そんな想いが先行して今に至る。
にしても、この世界には気なんてものもあるんだ……
魔力や異能なんてものがあるし今更だけど。
「……一応聞いておくが、気で身体を整えてもらう際は接触距離を零にする必要があるゆえ、カルゴ殿に裸を見せることになるが、それでもいいのか? 儂が前に採寸した時嫌がってただろうに」
「それは問題ないです」
どちらかというと、異性であるアンリさんに見せる時の方が恥ずかしい。今は同性だけど。
「……年頃の娘というのは、こういうものなのか?」
「ん、今なにか言いました?」
「いや独り言だ。気にするな」
なんかぼそっと聞こえたような気がするけど、気にするなって言われたし聞くのは野暮か。
というわけで、前の世界でいうところの、10キロ前後のウェイトジャケットと5キロ程度の腕輪を作ってもらった。
付け心地もばっちりで、擦れて痛くなるということもなく、流石の仕上がりである。
自分が注文しておいてあれだけど、剣とか刀とかの武器だけじゃなくて、こういうのも作れるのすごいな。
「やっぱ重いですね」
「当たり前だろうが」
アンリさんが呆れたように言う。
「ああそれと、この大剣の修繕も終わったから持っていけ」
「……っ本当ですか!? ありがとうございますアンリさん!」
布で大事に包まれた大剣をおもりのついた両手で受け止める。
ふらっとせずにコントロールできているから、これ日常的につけて料理とか洗濯とかしよ。
「じゃあ自分は帰りますね。本当にお世話になりました」
「ああ、いつでもくるといい」
そういっていつも笑って送り出してくれるアンリさんに手を振りながら、帰路に立つ。
色々と大変なことを多く経験してきたけど、それでも自分は人に恵まれてるからなんとかなってるんだと思う。
だから……クリスさんが「もしよかったら尋ねて欲しい」といった場所に足を運んでみよう。剣聖の第一歩になるかはわからないけど、外征騎士団に入ってみたら沢山のことを知れるだろうし。
何事もやってみないと始まらないから。
歩き続けて二時間ほど。ようやく宿舎に辿り着く。
そこには畑作業をしているカルゴさんと、車椅子に座って談笑するアネットさんの姿があった。
「ただいま」
「……お、リオおかえりっす」
「おかえりなさいリオ」
何気ないこの挨拶も、あとどれだけできるだろうか。
いつしか訪れる別れがこないことを願いつつ、一週間ほどカルゴさんのケアを受けながら騎士団に入るか話し合って慎重に決めた。
最終的には自分だけで行くことになった。カルゴさんはアネットさんの介護をするからと、ここで一旦とお別れ。
月に一度しか帰ることができないから、これからは少し寂しくなると思うけど、人を守れるように、胸を張れるように、頑張らなくちゃ。
荷物をもって、葉巻の首飾りをかけて、帯刀する。
ノマドさんからもらった大剣は、しばらくカルゴさんに預かってもらうことにした。それを振るうときは、自分が剣聖になった日だと誓って。
「……それじゃあ、行ってきます」
わざわざ外に出て見送りに来る二人を一瞥して、お辞儀をする。少し泣きそうだったから、これなら目を隠せる。
「行ってらっしゃい。にしてもカルゴも残念ね。こんな可愛らしい女の子の体をジロジロと見れる機会をみずみず見逃すだなんて」
「冗談はやめてくださいっす姐さん。リオ、全然そんなことないっすからね!?」
最初会った時とは大違いだなぁ。今思うと、この人に売られかけてたなんて信じられないくらい。
アネットさんの冗談で雰囲気が和んだところで、二人の方とは反対側を向いて足を踏み出した。
しばらく歩くと、馬車が止まっていてクリスさんが顔を出し手を振っているのが見えたので駆け足で近づく。
「お久しぶり、小さき剣士さん。そこから乗ってくださいね」
人生のターニングポイントはいくつかあるというけれど、明確に言えるソレはきっと“今”なのだろうと思う。
今後嫌というほど思い知らされる、クリス・アルスランスという者の強さを、今の自分は知る由もないけれど。
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