第17話 死人に口有り
「それにしても、気負わないのね」
アネットさんがすごく綺麗な所作でナイフとフォークを扱いつつ、自分に話しかけてくる。
「何がですか?」
ああ、もしかしてこのレストランにいることかな。
銀食器が静かに音を立て、赤いソースが白い皿の上でゆるく光り、色とりどりの食材が並んでる。
お金がたくさん貰えたから、王都のレストランでいいもの食べようってなったけど……
店内の煌びやかな照明や整えられたカトラリーを前に、内心少し浮いてないかなと胸の奥がそわついているけど頑張って隠している。
「リオはかなり図太いっすからね」
「えぇ!?」
……図太い!?
「殺しの時も、けろっとしてたじゃない」
あ、そういうこと。
アネットさんの言葉がどういう意図か、ようやく分かった。
あの時の相手は――背が高かったなぁ。
髪に白い筋が混じっていた。肩まで伸ばした髪は油っぽく、陽に当たると銀色に光ったのを覚えている。瞳の色は灰がかった緑で、笑っていないのに口角だけが妙に上がっていた。
手元には錆びかけた片手剣。刃こぼれしていても、振り下ろされたら骨ごと断たれる重さがあった。
――が、彼らは一撃の重みを欠いた。
自分をただの年端もいかぬ小娘だと思ったのか、その内心を自分は知らないけれど、侮ったことは確か。
彼らは自分を前にして躊躇した。
迷えば、敗れるのは明白。
「自分は剣士ですよ」
忌避は無いわけじゃない。
それでも、ノマドさんから教わったものは全て敵を殺す、あるいは再起不能にさせるものだ。
それを身につけるのも、それを扱うのも、分かりきっていたこと。
それに、自分には殺さず制圧するほどの実力は無いし、ノマドさんのような強者じゃない。
魔法や異能なんてある世界だ。
だから、先手必勝。一撃必殺。相手がどんな手札を持っていようが、殺せばそれも形なし。
躊躇う行為こそ、味方を死地に叩き落とす裏切り。
「やられる前にやる。当たり前じゃ無いですか」
“不殺”なんて“弱者”のできる所業じゃない。
「なんかリオ、変わった?」
「はぁ、カルゴのせいでリオが変な風に育っちゃったじゃない」
「ん……え? 俺のせいっすか!?」
カルゴが半分口に運びかけた肉を慌てて皿に戻し、こちらを見ている。
その顔があまりにも間の抜けた表情をしていたから、思わず口元が緩んだ。
「だって、あなたが変なことばっかり吹き込むから」
「いやいや、俺はただ――」
刹那、レストランが爆発した。
爆風が皿やカトラリーを跳ね飛ばし、煌びやかな照明が軋む音を立てて揺れた。
耳が一瞬で詰まり、甲高い耳鳴りだけが世界を満たす。
視界は白い閃光と舞い上がる粉塵で覆われ、赤いソースが破裂した血飛沫のように空中を散った。
「リオ! 下がれ!」
カルゴさんの声が、遠く水の底から響くように聞こえる。
だが、身体はもう動いていた。
椅子を蹴り飛ばし、剣を抜く。
煙の向こう――人影があった。同じ輪郭、同じ間合い、同じ足運び。あれは……。
「まじか……」
間違いない。
あの夜、自分が殺した男だ。白い筋の混じった髪が、爆炎の中で一瞬、銀色に光る。あれほど特徴的な顔、忘れるわけがない。
灰がかった緑の瞳が、笑わないまま口角だけを持ち上げる。
「また会ったな、小娘」
「首を斬って殺したと思ったんだけど、なんで生きてる」
何かのスキルか魔法か。
あるいはどれにも該当しない未知……
分からない。が、迷うべきでは無い。
この襲撃で、こいつはレストランにいた民間人まで巻き込んだ。
瓦礫に埋もれる声も、ひしゃげた肉体も。龍の攻撃を、“想起”させられる。
こちらも盗賊をやっていたけれど、それでも無法ではない。
ただ、これは違うだろ……
「おいアネット! 無事か!」
どこからともなく聞こえるカルゴさんの声。
その方向に一瞬目を向ける。
するとそこには、爆風に直撃して片足が無くなったアネットさんが……横たわっていた。
「……アネット、さん?」
瓦礫の隙間から吹き込む風に、焦げた鉄と血の匂いが混じる。
息を吸うたび、肺がざらつく。
「……」
ああ、嫌なことを思い出させてくれる。
「これ、おまえの仕業かよ」
「さぁ?」
自分の言葉に返答は無し。
――“また会ったな”という言葉の通り、あの時殺した野党には違いない。
ならば、もう自分の見た目に躊躇することも、油断することも無いだろう。
どんな能力があるかも分からないし、食事の場での襲撃。こちらの準備は無し。
劣勢だ。圧倒的にこちらが。
本当なら今すぐにでもアネットさんの容態を確認したい。
けれど、迷えばこちらが死ぬ。
今はカルゴさんを信じて、今目の前にいる敵に集中しないといけない。
「ふぅ……」
落ち着け。ノマドさんならこの盤面、すぐ冷静に対処するはずだ。
――まずは分析。
相手の実力を出させる前に殺したから、どのように戦うのかも分からない。
まあ、こちらの戦い方もほとんど見せてないからこれは五分。
しかし、身長も体重も倍近く違う。
剣術においては自分も相当熟達しているが、殺しの領分は相手が
もう奇襲は効かない。
自分が今有利な点は、この狭く瓦礫でごちゃごちゃした場所でもある程度の小回りが効くこと。それを押し通し続ければ勝機はあるはず。
「逃げんなよ小娘。殺し合った仲じゃねえか」
「一方的におまえが殺されただけだ。事実を捻じ曲げるな」
苛立ちに、嫌悪感。
一刻も早く終わらせて、アネットさんの方に行こう。
「今度は確実に殺す」
「は、やってみろ」
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