第12話 熱
「それでお客さん方は何用で? その背負ってる剣の修繕か、はたまた専用の一振りが欲しいのか」
炉の火が、唸る中。赤熱した鋼を金槌で叩きながら、女性は一度もこちらを振り返らずにそう問いかけた。
自分の剣はおろか、自分の姿さえ見た様子もないはずなのに。
この工房に入ってからずっと、彼女の視線は炉の中に釘づけのまま。なのに、どうして……
「ああ、その剣の修繕となると時間が掛かるな。重心のズレ。柄の中で芯が歪んでる。刃先も研いでるようだが、ボロボロだ」
一定のリズムで金槌を動かしながら、こちらを一瞥することなく言った。
今もなおこっちを見てない。
……見てないよね?
後ろに目がついてたとしても、鞘の中にしまってある剣の状態を見抜けるの、なんでなの?
何かの能力、あるいは魔法とか……
分からない。
「刃身が百に近い両手剣をその細腕でよく扱ってたもんだ。柄頭も取れてる状態で、どう扱っていたのか気になるところだが……凄まじいな」
一通り作業が終わったのか、ようやく自分たちの方を向く。
頬や額には薄く煤がついていて、炉の熱で肌はほんのり赤く火照っている。それでも、その奥に隠せない綺麗な顔。
年齢は分からないけど、落ち着いていて、毅然としていて、どこか近寄りがたい気配をまとってる。
そして、一番特徴的だったのが眼だ。
開いていたのは、左目だけ。右目は完全に閉じられたまま、まるで使われていないようにさえ見える。
この人は一体、どこを見てるんだろ。
定まっていない焦点。此方を見ているようで、見ていない。
「儂はタタラ一門が弟子。鍛冶屋のアララギ・アンリだ。剣を専門に取り扱っている」
◆◇
比重は驚くほどに真っ直ぐ。
その背負っているナマクラに相反して、右にも左にもずれない重心。
ゆらぐ心音。そこから発せられる血流と熱に至るまで。
極まれりと言うべきか。
――見事という他ない。
生粋の剣士。
螺旋の如く、熾烈に描かれるその
アンリは自身が持つ【異能】により、背後にいる少女を分析しながら、かすかに口元を歪めた。
(悪い癖だ)
己が持つ『遺灰の瞳』。それはそのモノが保有する熱を視る力がある。
温度は勿論のこと、姿形よりも先に人が積み重ねた熱量すら映る。それは視界の制約を受けず、全方位に。
そうして、背後にいる小さな人物をアンリは視た。
使い古されたその両手剣にも、少女の身体にも、螺旋のように燃え盛る青き灼熱があった。
これを直視してしまえば、己の身すら焼き焦がされんばかりに、燃えていた。
――これほどの剣士は、一生に一度逢えるくらいだ。
是非、この者の剣を手掛けたい。
そう強く思わされた。
(しかし、どんな剣がいいだろうか。直剣、両手剣、刀剣。どれも似合いそうだ)
少女が持つ剣を視ると、酷使された痕跡が至るところにある。
刃のラインはわずかに湾曲し、芯を貫くピンの片方は熱で膨張し、座りが悪くなっている。
グリップの芯材はすり減り、力を逃すべき
手入れはされている。
刃文も砥ぎ直されてはいたが、もう鋼が限界に近い。
中身を知る者なら誰でもわかる――これは、いつ折れてもおかしくない。
が、今なお背負ってるところを見ると、捨てられないのだろう。
道具に刻まれた熱を通して、その答えがすでに伝わってくる。
少女の背にある剣。
それは“刃”である以上に、“証”だった。
この世界でどう生きてきたか。どれだけ振るい、守り、耐えてきたか。
そのすべてが、焼きごてのように刻まれていま。
修繕するとなると、骨が折れそうだが、出来ればこれも直してやりたい。
そう思いつつ作業を終え、アンリはようやく顔を上げる。
振り返った視線の先――そこには、驚くほど剣に不釣り合いな、小柄な少女が立っていた。
華奢な肩、細い手首。柔らかそうな髪と、精巧なガラス細工のような瞳。
とびきりの美少女――そう見えてもおかしくない。
けれど、アンリの目にははっきりと見えていた。
内に宿した熱の芯が。
あの鈍重な両手剣を、その細い腕で振り続けてきた理由が。
(――なにを背負って、なにを斬ってきた)
彼女はまだ言葉を発していない。
だが、鍛冶師として、異能を持つ者として、聞くべき言葉はたった一つだった。
「儂はタタラ一門が弟子。鍛冶屋のアララギ・アンリだ。剣を専門に取り扱っている」
目の前の人物には、敬意を払う必要性を無意識ながらに感じていたのか。
気がついた時には名乗っていた。
綺麗な青と金色の焔を持つ、少女に向けて。
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