第6話
❏
「ようこそ、異世界から来られた皆さま。
どうか、この世界を救うためにご協力していただけませんでしょうか?」
見目麗しい少女とも女性とも言い難い、召喚された自分たちに王女だと告げた彼女の微笑みに誰もの表情がゆるむ。
一も二もなく快諾していく彼らに、同席していた貴族たちは満面の笑みで拍手を贈る。
「ああ、ありがたい」
「これで世界は救われる」
そんな感謝の含まれた声に、異世界から召喚された彼らは満足げな表情になり、「任せろ!」と胸を叩く若者もいる。
一緒に召喚された若者たちに説得されて承諾したものの、
若者のひとりから「先生」と呼ばれていたものの、彼らを統率する者として慕われてはおらず。
どっちかというと、優柔不断で振り回されているようだ。
「それでは、皆さま。お食事の準備が整いました。
どうぞこちらへ」
異世界から来た彼らがメイド服の女性たちに誘導されて謁見の間から退出すると、誰もが身体を震わせる。
歓喜からではない…………怒気からだ。
「
宰相の言葉に、さっきまで聖女らしい微笑みを浮かべていたエスメラルダ王女が無表情のまま「ええ」と短く答える。
「ルビィ様を
「あの者たちは『ルビィの顔を見たくない』というのですもの。
ですから、ルビィの世界からこちらの世界に来ていただいたのです」
ルビィのため、それがこの世界のためにもなる。
「たくさんの労働者がこちらに渡ってきましたわ」
そう、エスメラルダ王女はルビィのときのように「この世界を救ってほしい」とは言っていない。
「この世界で身を粉にして働いてくれ」と言ったのだ。
そして彼らは深く考えずに承諾した。
「ルビィ様が仰られたとおり、彼らは勇者召喚と勘違いなさっておられるようですね」
「ルビィの世界では、勇者召喚や聖女召喚される物語の人気が高いそうよ」
エスメラルダ王女はルビィと仲良くなってから、たくさんの本を読んできた。
魔導具によって翻訳されるため、どこの世界のどんな言語でも問題ない。
この世界が一度滅びに瀕したことで、蔵書なども多く失われた。
それをルビィから
その中にはマンガも含まれていた。
そこで参考にしたのが、『召喚されるとヒーローやヒロインとして周囲に
それも召喚直後に限定されている。
もちろん、ルビィのように拒否する強い心をもった人もいるだろう。
しかし…………
「これまで召喚した人たちは、男女関係なく了承しているわねぇ」
すでに3ケタを突破している召喚者たち。
彼らは提供される食事を疑問に思うことなく口にする。
……ルビィのときにも実はマヒ毒が仕込まれるはずだった。
ただ、ルビィが『毒の混入に警戒した』ことと、死を選ぼうとしていたこと。
そして身の上話を聞いて、誰もがこれ以上ルビィを苦しめたくないと…………そう意見が一致した。
「ルビィ様を苦しめ不幸にする者たちをこの世界に召喚する。
なお、彼らには【心なき愚者】の称号を与える」
エスメラルダを通してルビィから出された提案は議会で承認された。
国王陛下の宣言に、貴族たちが拍手で同意する。
【心なき愚者】とは、神に赦しを乞うことすら認められないほどの罪を犯した罪人に与えられる称号である。
この世界では『死んで神に祝福を受ける』と信じられている。
神の国で祝福を受けることで、亡き人と再会し安らぎを与えられると。
「異世界で
神に救いも祝福も要らない者と判断してもらうための称号【心なき愚者】。
祝福を与えられないということは、彼らには死が訪れないということ。
「生まれかわる価値などありませんわ」
異世界人の魂は、ひとつだけでも十分この世界に恩恵を与える。
それが一気に数百人分も手に入るのだ。
「一度滅びかけたこの世界が、ふたたび息を吹き返すための
「ルビィ様は本に『この世界を救う勇者様』で御座います」
ルビィが自分の世界で幸せに生きられるように。
そのためなら、不用な人材を有効活用出来るこの世界に召喚してもいい。
「神に滅ぼされて手付かずの場所がまだまだ多く存在しています。
私たちが復興するにも、全世界の人口が
あの世界はこれからも期待できそうですね」
無償で労働者を手に入れた。
先に
全員、心に
現状を……「自らの立場」を受け入れてしまった。
それがどんな意味をもつのかを知り後悔するのは…………いつになるのだろうか。
ルビィに直接手を出した人だけではない。
召喚は神の
たとえ表沙汰になっていない重罪人でも召喚できる。
「先ほど到着された方々は全員お休みになられました」
一番最初に召喚したのは、ルビィを苦しめていたクラスメイトたち。
少しずつ、時間をかけて召喚した。
そして、ある日まとめて召喚した。
「皆さまに……『この世界に渡られた勇気ある皆さま』にお願いがございます。
壊れかけた私たちの世界をどうぞお守りください」
その言葉だけで、「自分たちが勇者に選ばれた」と思い込んで喜んだ。
中には渋る少年少女もいた。
それでも仲間に流されるように承諾して、歓迎のため特別に用意された食事を口にしていった。
眠っている間に聖女であるエスメラルダによって【心なき愚者】の称号を与えられて、そのまま復興が必要な開拓地へと送られていく。
その地で目覚めたとき、彼らは崩れた建物にひとりきりで残されている。
そこでようやく自分がその与えられた地を再生するために召喚されたことを思い知る。
目覚める前に世界の神々に〈種明かし〉をされている。
神々は死を選ぼうとした
包丁を手にした瑠美が気づいたら立っていた場所、そこがそうだ。
神々は瑠美から死への強い感情のみを浄化した。
そしていまだに傷つき復興途中の世界で聖女として心を痛めている優しいエスメラルダ王女に宣託し、傷ついたままの瑠美を託した。
その世界は王女だけでなく、そこに住む多くの人々の心はとても優しい。
神々が願ったように、瑠美の心は癒されていった。
そして、人として相応しくない心を持った者たちを『世界の復興に従事する労働者』として送った。
もちろん、世界が回復すれば『お役御免』で転生できる。
「オレ(私)は勇者として召喚されたのではなかったの(か)!」
『勇者として召喚されたのは三鷹瑠美様おひとりにございます』
衝撃を受けた彼らはさらに真実を知らされる。
『ご安心を。真の勇者様は2つの世界を行き来できる能力をお持ちです。
今までの贖罪として、あなた方がこの世界で活躍されるのをお望みでございます』
この世界の勇者に自分たちがしたことといえば…………?
『勇者様を害してきたあなた方にこの世界は罰を与えます。
死ぬことすら許されない贖罪の日々を。
永遠に苦しめ、バカどもが』
直接謝罪すれば……
そう考えた若者もいる。
しかし、決められた範囲から一歩出ると、与えられた建物のベッドで横になった状態で我に返る。
その身体はズッシリと重く、しばらくの間は失った体力を回復出来ずに、床を這いずって移動するしかなくなる。
そんな状態で、何をするのか?
井戸から水を汲んで田畑に水を撒くためだ。
1日でもサボれば田畑は枯れる。
彼らは『自分が生きるため』に田畑に水を撒く。
その単調な日々によって、過去を忘れて思考が停止する。
そのうち、何も考えることが出来なくなっていく。
開拓が進んで自由に動ける範囲が広がり、隣の日本人と再会しても……喜びの感情は生まれなかった。
ただ……目の前の相手がどんな罪を三鷹瑠美に対して行ったのか。
どちらがより軽い罪だったのだろうか。
同類相憐れむものの、「自分の方が罪は軽いのに与えられた罰は重く辛い」と『自分の方が可哀想』という思考だけを強くもつのだった。
ここで協力し合えば、世界の復興はさらに早まって安らかな睡りに身を
神々は千里眼で彼らの
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