第3話

 その日の夜、夕食を食べ、入浴を済ませた星波はベッドに沈みこんでいた。


「かりなの馬鹿野郎……」


 そんな恨み言が口を衝く。


 かりなに怒られるのは随分と久しぶりな気がする。常日頃から小言は言われるが、それはカウントしないものとする。


「なにが友達だ、私は知らないぞ。そんなヤツらがかりなの魅力を解っているはずがない……」


 そう言って、気持ちが沈んでいくことを自覚して頭を振る。


 ――所詮お前達の知るかりなの魅力は、『私が近くにいる』ぐらいしかないだろ?


 ――そんな貧相で浅ましい生物がかりなに近づけると思うな。


 考えないようにしても、想像力は働いてしまう。


「イライラするなぁ!」


 自分を一喝、そして嫌な想像から逃げようと、星波は今日届いた本を開く。


 なにもしなければ、星波の豊かな想像力は星波自身の心を痛めつけてしまう。そうならないために海外旅行だ。


 パラっと開いたページはドイツの街だ。


 ゲンゲンバッハという名前の街らしく、本にはハーフティンバー様式という、木造の骨組みが見える建物が建つ街に花が溢れている。


 星波はその街並みを凝視、そして想像する。



                ◎



 空は雲一つない青空、地上は色とりどりの花が咲く。見ているだけでも心が浮き立つ、そんな街に星波は来ていた。


「流石ヨーロッパだ。この非現実、自分がファンタジー世界にやって来たように感じるな」


 星波はドイツのゲンゲンバッハという街に旅行に来ていた。


 そしてその感想の通り、星波は弾む気持ちで街を散策しようとしらが、自分が今一人でいることを思い出して立ち止まる。


 本当なら、この旅行はかりなと来る予定だったのだ。


「かりな……」


 かりなに急な用事が入り、旅行は星波一人で行くことになった。だがしかし、その前に星波とかりなは喧嘩をしてしまった。喧嘩というか、星波がかりなを怒らせてしまったのだ。それに対して謝り、そして時間が経ち、いつも通り過ごしていたところ、かりなに急な用事が入り行けなくなった。


 それはたまたまだろうが、あまりのタイミングの悪さに、仲直りできたと思っていたのは自分だけだったのではないかと考えてしまう。


 いつも通り、怒られて謝って、時間が洗い流してくれまたいつもの生活に戻る。そう思っていた。


「来るんじゃなかった」


 お土産を買ってきてと言われたが、本当にそう思っているのだろうか? かりなは星波に愛想が尽きて、でもそのことは悟られたくない。そう思っているのではないかと。


 なんで悟られるのが嫌なのか。もしかすると、徐々に距離を取っていこうとしているのかもしれない。いきなり突き放してしまうともちろん星波は反発するし、理由を問いただすだろう。でも、いつもと同じ関わりをしながら、徐々に関係を希釈していくつもりなら――そこまで考え、星波は慌てて頭を振る。


 せっかくの海外旅行なのだ。純粋に楽しまなければ……でも――。


「……かりな」



                ◎



 「駄目だ……寝よう。寝れば楽になる」


 思いの外今日の出来事が尾を引いており、集中はできるがどうしてもかりなのことを考えてしまう。それも悪い方向でだ。


 嫌な想像から逃げられるかと思ったがそんなに甘くなかった。


 こうなってしまうと逃げ切れない。唯一の解決策は寝ること。そうすれば、気持ちの整理がつく。


 本を置いた星波は、部屋の電気を消して布団に包まる。殻にこもるように、大切な心を守るために身を縮める。


 寝て目が覚めれば、この気持ちは無くいなっているはずだから。

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面倒臭がり女子高生の想像力 坂餅 @sayosvk

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