第42話
「派手にやらかしたな」
表座敷を見渡して眉をひそめる清久郎に、田坂が軽い口調で言う。
「安心しろ、致命傷は与えていない」
その言葉通り、腹を押さえてうずくまっていた浪士が、顔を上げてうなる。
「おのれ、商人とつるんで私服を肥やす役人めらが……」
清久郎と田坂は顔を見合わせ、それから竹脇を窺った。
このころには騒ぎに驚いた妓楼の番頭や若い者たちが廊下に駆けつけており、竹脇は落ち着いたようすで「面番所の者たちに、賊らを捕縛させよ」と命じた。
すでに通報を受けていた面番所の役人たちがまもなく到着し、浪士四人を引っくくる。
面番所の役人によれば、縄をかけられながらもなお腹の傷を押さえて、
「拿捕されるべきはきさまらだ!」
と叫んでいる浪士が白井なのだという。白井はなおも、
「とぼけても無駄だぞ、桐生屋。きさまが所持していた薬物が阿片であることはすでに調べがついているのだ。俺たちが阿片から日本を救う義勇の士であることは、後世の歴史が証明してくれよう!」
と叫びながら連行されていった。
平吉らに命じて桐生屋から阿片の一部を盗み出させたと白状したようなものだ。
浪士たちが連れ去られると、竹脇はようすを見に来て青ざめている楼主に言う。
「部屋を汚して、すまぬな。畳替えの費用は、桐生屋、そちに任せる」
竹脇に話を振られ、いまだ腰を抜かしたままだった桐生屋の主人は声も出せずに二度三度うなずいた。
満足げにそれを見た竹脇は、それから花匂に顔を向けて詫びる。
「騒がせて悪かったな、花魁。そなたたちに怪我がなくて良かった」
花匂は返事の代わりに美しい笑みを返した。
ついそれに見惚れてしまった清久郎だが、問題は何も解決していない。
「竹脇さま、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「おぅ、清久郎。そういえば、そのほう何ゆえここにおる?」
訊き返されて返答に困った清久郎の横から、訊かれてもいない田坂が口を挟む。
「それがしはたまたま馴染みの新造に会いに……」
「酒臭いぞ、田坂。言わずもがなだ」
竹脇はうんざりした顔を見せ、それから清久郎に向き直る。
「ここで話すような用件か?」
清久郎の「伺いたいこと」への問いだ。遊女たちや幇間などの前で話してよい内容ではないことを、竹脇も察しているらしい。
すぐにでも場所をあらためて説明を聞きたいところだが、清久郎には急ぎの別件がある。
(花匂殿までここに来て、佐助はどうなったんだ?)
振り向けばすでに花匂の姿はない。
そんな清久郎のようすをどう解釈したものか、竹脇は血に汚れて膳のものが散乱した部屋に所在無く座っている桐生屋の主人とどこぞの若旦那らしき若者に、
「あとのことはそのほうらで良いように話し合え」
と言い置いて、座敷を出た。
「竹脇さま」
「話は明日奉行所で聞いてやる」
追いすがる清久郎には、振り返りもせずそのひと言。
このまま竹脇を行かせていいものかと迷わないではなかったが、今優先すべきは佐助の件だろう。清久郎は竹脇の背中に一礼して、例の部屋に引き返した。
廊下の先では、田坂が、心配して部屋から出てきていた振袖の遊女の肩を抱いて小部屋に消えたところだった。
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