第13話
廓で働く男衆は「若い者」などと呼ばれるが、五十鈴楼の店先にも見世番の若い者が座っていた。彼は見廻り役の装束のまま現れた清久郎を見て一瞬目を瞬かせたが、すぐに商売人の顔に戻ってにこやかに迎える。
「いらっしゃいませ、お役人さま。本日は何かお調べでございますか?」
「いや、遊ばずとも中を見せてもらえると聞いてきたのだが」
「もちろんでございます。御供の方はこちらで待たれますか?」
尋ねられ、伝右衛門と顔を見合わせる。ひとりで登楼することなど考えてもいなかった清久郎だ。
「さしつかえなければ、連れも共に」
「ありがとうございます。おふたりさま、ご見物でぇ」
若い者が奥に通る声で言い、清久郎は慣れた風を装って暖簾をくぐった。
そこはまだ土間が続き、正面には台所があり、野菜を炊く甘い匂いが漂ってきた。右手に広い板の間と階段があって、奥のほうまで見渡せる。板の間の向こうの畳敷きの内所から、楼主らしき白髪混じりの男が顔を覗かせたが、清久郎は会釈だけして知らぬ顔をした。
登楼の目的は例の香袋を馴染み客に渡しているという五十鈴楼の花魁花匂に話を聞くことだが、楼主を通せばまだ何もわからない事件のあらましを説明しなければならない。それでは今後の捜査に支障が出るやもしれぬと用心して、客を装って来てみたのだ。
(しかし、この格好はまずかったか)
紋付の黒羽織に平袴、見慣れた者たちにはひと目で役人と知れる装束だ。後悔したものの、少しくらい服装を変えたところで町人に見えるわけもない。清久郎は開き直って、伝右衛門とふたり妓楼の見学を楽しむふりをした。
「お役人さま?」
背後から年配の女に呼び止められ、ぎくりとして立ち止まる。
「な、何か」
「お腰の物は、こちらでお預かりすることになっております」
女は楼主の内儀のようだ。
無駄な刃傷沙汰を避ける意味でも、刀を持ち込まないのは理に適ったことなのだろう。
「そうか。あいすまぬ」
清久郎は素直に本差と脇差の二本を揃えて渡し、倣って伝右衛門も、上目遣いに清久郎を見ながらしぶしぶ脇差を渡した。
「お帰りの際にお返しいたしますので、忘れずにこちらにお立ち寄りくださいね」
内儀はいかにも不慣れな野暮ったい二人組に笑顔で念を押し、刀を抱えて内所に戻って行った。
「では、ご案内いたしやす」
表にいたのとは別の若い者が、階段の前で頭を下げた。
案内されるままに二階にあがると、そこから三方に廊下が延び、朱塗りの欄干から中庭が見下ろせる趣向になっていた。
「ほぉ」
こんな洒落た建物は初めてで、清久郎は素直に感嘆した。そして、ふと顔を曇らせる。
中庭の石灯籠と松の木の間に、小袖一枚を肩からかけて膝を抱えて泣く女の姿があった。女というより、まだ少女だ。すぐ側の一階の廊下を忙しく行き来する者たちは、誰も彼女に目を向けない。
彼女は、生者ではないのだ。
遊郭は客にとっては華やかな遊興の場だが、春をひさぐ女たちには逃げ場のない苦界だ。港崎はまだ新しい遊郭だというのに……死してなお泣く少女が哀れで、胸が痛んだ。
幽霊など見えていないらしい若い者が、中庭の対面を手でさし明るい声で言う。
「あちら側は異人のお客さま専用になっておりまして、小さいながら舞や寸劇をお見せする舞台もございます。日本人のお客さまには、初回はまずこちらの引付座敷で遊女をご紹介いたしやす。本日はいかがなさいますか? 気になる遊女がいればご指名も……」
「いいや、本日は見物のみで」
清久郎が口を開くより早く、伝右衛門がきっぱり断った。
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