転校生は未来の私!?

すぎやま よういち

第1話 転校生は私にそっくり!

朝焼けに染まった窓ガラスに映った自分の顔を見つめながら、天野ほのかは思わずため息をついた。

「あー、またおでこにニキビが…」

鏡の前で前髪をいじくりまわし、何とか目立たないよう髪型を整える。制服のリボンを結び直し、「よーし!」と小さく自分を励まし、階段を駆け下りた。

「ほのか、また遅刻するわよ!」

キッチンからかあさんの声が響く。テーブルには既に朝食が用意されていた。

「大丈夫だって!今日は早く起きたもん」

ほのかは急いでトーストを一口かじると、牛乳をごくごくと飲み干した。かあさんが心配そうに眺めている。

「今日、美術部の提出があるんでしょ?忘れ物ない?」

「あ!」

思わず立ち止まるほのか。昨夜仕上げた水彩画が机の上に置きっぱなしだった。急いで二階に駆け上がり、筒状に丸めた画用紙を鞄に詰め込む。

「いってきまーす!」

玄関を飛び出したほのかは、自転車にまたがり、久留米の朝の風を切って学校へと急いだ。筑後川のそばを通る通学路は、五月の陽射しと新緑が眩しい。サクラの花は散ってしまったけれど、代わりに街路樹の若葉が風にそよいでいる。

福岡県立久留米東高校。ほのかが通う学校は、レンガ造りの古い校舎と新しい校舎が混在する普通の公立高校だった。校門をくぐると、いつもの風景が広がっている。

「おはよ、ほのか!」

背後から声がかかり、振り返ると幼なじみの拓真が自転車を降りたところだった。

「あ、拓真くんおはよう」

心臓が少しだけ早く鼓動する。中学からの幼なじみだけど、最近なんだか意識してしまう。黒髪に切れ長の目、サッカー部で鍛えた背の高さも相まって、クラスの女子たちの間でも人気者だ。

「今日、美術部の課題提出だったよな。ちゃんと持ってきた?」

「もう!拓真くんまでかあさんみたいなこと言わないでよ」

ほのかは頬を膨らませると、「ちゃんと持ってきたもん」と鞄を軽く叩いた。

「お前がいつも忘れ物するからだろ」

拓真はくすりと笑うと、ほのかの頭を軽く撫でた。

「って、今日髪型変えた?」

「え?気づいた?」

思わず声が上ずる。実はニキビ隠しのために前髪を変えただけなのに、拓真が気づいてくれたことが嬉しくて仕方ない。

「なんか、いつもと違うなって思って」

「そ、そう…」

会話が続かず、気まずい空気が流れる。いつもこうだ。拓真と二人きりになると、何を話していいのかわからなくなる。

「あ、ほのか、授業始まるから先行くわ!」

サッカー部の友達に呼ばれた拓真は、手を軽く振って教室へと急いでいった。見送るほのかの胸の内には、言えなかった言葉がもやもやと残る。

「はぁ…」

ため息をつきながら、ほのかも教室へと向かった。


「皆さん、今日は転校生を迎えます」

ホームルームが始まり、担任の佐藤先生が前に立った。クラスに小さなざわめきが広がる。

「え、五月に転校生?」 「男子かな?女子かな?」 「イケメンだったらいいのに〜」

女子たちが期待を込めてささやき合っている。ほのかも少し身を乗り出した。転校生というと、都会から来た洗練された子のイメージがある。

「それでは入ってください」

教室のドアが開き、一人の少女が入ってきた。

その瞬間、教室が静まり返った。

黒髪のセミロングに、澄んだ瞳。背は高くないが、凛とした佇まいで、制服を着ているのに何だか大人びて見える。でも、そんなことより—

「私の名前は月島ミラです。東京から来ました。よろしくお願いします」

クラスの視線が、ほのかとミラの間を行ったり来たりしている。

だって、そっくりだから。

転校生の顔は、まるでほのかの姉妹か親戚のようだった。違うのは髪型と表情くらい。ほのかがどこか柔らかい雰囲気なのに対し、転校生は少し冷たさを感じさせる。

「じゃあ、月島さんの席は…そうだな、天野さんの隣が空いているから、そこにしよう」

先生の言葉に、ミラはまっすぐほのかの方を見た。その視線に、何かを見抜かれているような不思議な感覚がほのかを包む。

「はい、先生」

そう言って、ミラはほのかの隣の席に向かって歩き始めた。すれ違いざまに、ミラはほのかの耳元でささやいた。

「やっと会えたね、ほのか」

まるで旧友に話しかけるような親しさに、ほのかは固まってしまった。初対面のはずなのに、なぜ?

授業が始まっても、ほのかはずっとミラのことが気になって仕方なかった。似ていると言っても、ひょっとして親戚?でも、月島という苗字は聞いたことがない。それに、「やっと会えた」という言葉の意味は?

チラリと横目でミラを見ると、ミラもほのかを見ていた。慌てて視線を戻すと、くすくすと笑う声が聞こえた。

昼休み、教室はミラを囲む生徒たちでにぎわっていた。

「東京のどこから来たの?」 「趣味は何?」 「ほのかと知り合い?そっくりだよね!」

次々と質問を投げかける生徒たちに、ミラは落ち着いた様子で答えていく。

「渋谷区から来ました。趣味は読書です。それから…」

ミラは一瞬言葉を切ると、「ほのかさんとは今日が初めて会いました」と微笑んだ。その表情に、何か隠し事をしているような、そんな気配を感じた。

ほのかは席で弁当を広げながら、その様子を眺めていた。拓真が席までやってきて、弁当箱を置いた。

「すごいな、そっくりじゃん。双子かと思ったよ」

「そんなわけないでしょ!私、一人っ子だし」

ほのかは箸で卵焼きをつつきながら答えた。

「でも不思議だよね。こんなにそっくりな人がいるなんて」

拓真も不思議そうに転校生の方を見やる。その視線を追って、ほのかもミラを見た。すると、ミラも二人の方を見ていた。視線が合うと、ミラはふっと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。

「ほのか、話があるんだけど、屋上に来てくれない?」

その言葉に、クラスメイトたちがざわついた。初対面なのに「ほのか」と呼び捨て。それに親しげな態度。

「え…あ、うん…」

突然のことに戸惑いながらも、ほのかは席を立った。拓真が「大丈夫か?」と心配そうに尋ねるが、ほのかは「すぐ戻ってくるから」と笑顔で答え、ミラについていった。

屋上へ続く階段を登りながら、ほのかは胸の高鳴りを感じていた。この転校生、何者なんだろう?どうして自分にこんなに似ているんだろう?

屋上のドアを開けると、五月の爽やかな風が二人を迎えた。久留米の街並みが遠くに広がり、その向こうには耳納連山の緑が見える。

ミラは屋上の端に歩み寄り、街を見下ろした。

「久留米、変わらないな…」

「え?ミラさんって、久留米に住んでたことあるの?」

ミラは振り返り、ほのかをじっと見つめた。

「ほのか、あなたは絵を描くのが好きね。特に風景画が得意」

「どうして知ってるの?」

「それから、いちごのショートケーキが大好物。でも生クリームは苦手。だから、いつもケーキ屋さんで『生クリーム少なめでお願いします』って注文する」

ほのかは驚きのあまり言葉が出なかった。そんな細かいことまで、どうして知っているの?

「あと、今日は拓真くんが髪型に気づいてくれて嬉しかったみたいね」

「ちょっと!盗み聞きしたの!?」

顔が熱くなる。ミラは少し笑うと、真剣な表情になった。

「ほのか、これからあなたの運命が動き始める」

「運命…?」

「すべては今日から始まるの。あなたの選択が、未来を変える」

意味不明な言葉に、ほのかはますます混乱した。

「ミラさん、私のこと知ってるみたいだけど…あなた、一体誰なの?」

ミラは一歩近づき、ほのかの肩に手を置いた。その瞬間、不思議な感覚がほのかを包み込む。まるで鏡に向かっているような、でも鏡の向こうの自分が違う表情をしているような…。

「私はあなたをずっと見てきた。あなたがどんな選択をするのか、どんな未来に向かうのか」

「何を言ってるのかわからない…」

「今はわからなくていい。でも覚えておいて。拓真くんと、もうすぐ現れる人。あなたはどちらを選ぶの?」

「拓真くんと…誰?」

校内チャイムが鳴り、昼休みの終わりを告げた。ミラは一度深呼吸すると、突然普通の高校生の表情に戻った。

「授業、始まるよ。行こう」

そう言って、ミラはドアへと歩き出した。後に残されたほのかは、混乱したまま空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。何も変わっていないのに、なぜか世界が少しずれたような感覚。

ほのかは深呼吸して、教室に戻ることにした。何が始まるのか、わからない。でも、この転校生との出会いが、確かに何かの始まりなのだと感じていた。


放課後、美術部の活動時間。ほのかは部室で絵の仕上げに取りかかっていた。筆を走らせながらも、頭の中はミラのことでいっぱいだった。

「天野さん、その絵、とても素敵ね」

突然の声に驚いて振り返ると、ミラが部室のドアから顔をのぞかせていた。

「ミラさん!どうしてここに?」

「見学に来たの。美術部に入ろうかなって」

そう言いながら、ミラはほのかのイーゼルの前まで歩いてきた。描きかけの風景画—筑後川と夕日—を見つめている。

「この場所、覚えてる」

「え?」

「あなたがよく描く場所よね。筑後川の土手から見た夕日。小さい頃から何度も描いてる」

また不思議なことを言い出した。確かにほのかはこの場所が好きで、何度も描いているけれど、それをミラがどうして?

「ねえミラさん、私のこと、どうして知ってるの?さっきから変なことばかり言うし…」

ミラは少し考え込むように目を閉じ、それから静かに言った。

「時が来たら教えるわ。それより…」

彼女はカバンから一冊のスケッチブックを取り出した。

「これ、見てくれない?」

差し出されたスケッチブックを開くと、ほのかは息を呑んだ。そこには見覚えのある風景画が何枚も描かれていた。筑後川、学校の裏庭、自宅の窓から見える風景…。すべて、ほのかが好きな場所だった。しかも、絵のタッチがそっくりだ。

「これ…私が描いたの?でも覚えがない…」

「私が描いたの」

「うそ…。同じ場所を、同じ構図で?しかも絵のタッチまで…」

ミラは微笑んだ。「不思議でしょ?」

ほのかが言葉に詰まっていると、部室のドアが開いた。

「おい、ほのか。帰りに寄り道しないか?」

拓真だった。サッカー部の練習を終えたらしく、ユニフォーム姿のままだ。

「拓真くん!どうしたの?」

「いや、最近できた新しいケーキ屋があるんだけど、そこのいちごショートケーキが美味いらしくてさ。お前、好きだろ?」

ほのかは顔が熱くなるのを感じた。拓真が自分の好物を覚えていてくれた。それに、二人で帰るなんて、これはデートみたいなもの?

「あ、あ…うん、行く!」

喜びで声が上ずってしまう。ミラはその様子を黙って見ていたが、少し寂しそうな表情を浮かべた。

「じゃあ、片付けたら正門で待ってる」

拓真は笑顔で手を振ると、部室を出ていった。ほのかは急いで道具を片付け始める。

「楽しみね」

ミラの声に振り返ると、彼女はスケッチブックを閉じ、カバンにしまっていた。

「ミラさんも一緒に来る?」

「いいの?」

「もちろん!転校生歓迎も兼ねて!」

ほのかはなぜか、このミラという不思議な少女を放っておけない気がした。何か深いつながりを感じるのだ。

「ありがとう。でも、今日は遠慮するわ」

ミラは少し悲しそうに微笑むと、部室を出た。ドアのところで、彼女は立ち止まった。

「ほのか、楽しんできて。でも覚えておいて—明日、あなたの運命は変わり始める」

また謎めいた言葉を残して、ミラは去っていった。


拓真とのケーキ屋での時間は、ほのかにとってドキドキの連続だった。久しぶりに二人きりで過ごす時間。中学の頃は何とも思わなかったのに、高校に入ってから拓真のことを意識し始めて、会話がぎこちなくなってしまったのだ。

「これ、生クリーム少なめで頼んでおいたから」

テーブルに運ばれてきたいちごショートケーキを見て、ほのかは驚いた。

「どうして知ってるの?私、生クリーム苦手なの」

「え?昔から知ってるよ。中学の時のクラスのケーキパーティーでも、いつも生クリームをよけてたじゃん」

拓真はごく自然に言った。ほのかの好みを覚えていてくれたんだ。胸が熱くなる。

「そっか…ありがとう」

幸せな沈黙が流れる中、ふとミラの言葉が頭をよぎった。

「拓真くんと、もうすぐ現れる人。あなたはどちらを選ぶの?」

誰のことだろう?そして「選ぶ」って何を?

「どうした?ケーキ、口に合わない?」

拓真の声で我に返る。

「ううん、美味しい!ただ、ちょっと考え事してて…」

「転校生のことか?確かに不思議だよな。そっくりだし、態度も何だか変だった」

「うん…」

ほのかはミラとの奇妙な会話を拓真に話そうかどうか迷った。でも、まだ自分でも整理できていない。それに、拓真が心配するかもしれない。

「まあ、何か困ったことがあったら言えよ。力になるから」

拓真がそう言って微笑むと、ほのかは心が温かくなるのを感じた。彼はいつもこうだ。さりげなく支えてくれる。

「うん、ありがとう」

帰り道、夕焼けが二人を包む。筑後川にかかる橋の上で、ほのかは足を止めた。沈みかける夕日が川面を赤く染めている。

「きれい…」

思わずつぶやくほのか。この景色、何度描いただろう。でも、今日は特別に美しく見える。

「ほんとだな」

拓真も橋の欄干に腕をかけ、夕日を眺めている。横顔がオレンジ色に染まっていて、ほのかは思わず見とれてしまった。

「何見てんだよ」

拓真がくすっと笑う。見つかってしまった。

「な、なんでもない!」

慌てて視線をそらすほのか。風に髪が揺れて、前髪がずれる。

「あ、おでこにニキビ?それで今日髪型変えたのか」

「えっ!」

慌てて手で隠すほのか。恥ずかしい!

「隠さなくていいって。誰だってニキビくらいできるさ」

拓真がさらっと言って、空を見上げた。

「それより、ほのか。お前、美術部の展示会、頑張るんだろ?」

「うん…でも、自信ないんだ。他の部員たちはみんな上手だし…」

「大丈夫だって。お前の絵、好きだよ」

「え?」

「なんていうか…お前の絵見てると、なんか心が落ち着くというか。懐かしい気持ちになるというか…」

拓真は少し照れくさそうに言った。ほのかの絵が好きだなんて、今まで一度も言われたことがない。

「そ、そう…ありがとう」

二人とも顔を赤らめ、黙って夕日を見つめた。この瞬間が永遠に続けばいいのに、とほのかは思った。

「じゃあ、また明日な」

家の前で別れる時、拓真は軽く手を振った。

「うん、また明日!」

家に入り、自室に戻ったほのか。窓辺に立って、空を見上げた。星が一つ、また一つと瞬き始めている。

今日は不思議な一日だった。そっくりな転校生が現れ、謎めいた言葉を言い、そして拓真との距離が少し縮まった気がする。

「明日、あなたの運命は変わり始める」

ミラの言葉が頭をよぎる。明日は一体何が起きるのだろう?

ほのかはスケッチブックを取り出し、今日見た夕日の風景を描き始めた。それは、拓真と二人で見た景色。心の奥に刻み込みたいような気持ちで、筆を走らせる。

夜が更けていく中、ほのかの部屋の窓の外で、一つの星が特別に明るく瞬いていた。


翌朝、ほのかは珍しく早起きしていた。昨夜はミラのことや拓真とのことを考えて、なかなか寝付けなかったのだ。でも不思議と身体は軽い。何か大切なことが始まる予感があった。

いつもより丁寧に制服を着て、髪を整える。おでこのニキビも少し引いたみたいだ。前髪を少しだけ上げて、鏡の前でくるりと回ってみる。

「よし、いい感じ!」

階段を降りると、かあさんが朝食を用意していた。

「珍しいわね、こんなに早く起きるなんて」

「今日は何だか特別な日な気がするの」

朝食を食べ終え、玄関に向かう。「いってきます!」と元気よく声をかけ、自転車に乗り込んだ。

いつもの通学路。筑後川のそばを走る道は、朝日に照らされて輝いていた。気持ちのいい風が頬をなでる。

校門に近づくと、見覚えのある後ろ姿が目に入った。制服に黒い髪。ミラだ。

「おはよう、ミラさん!」

自転車を止めて声をかけるほのか。ミラはくるりと振り返り、微笑んだ。

「おはよう、ほのか」

二人で並んで校門をくぐる。クラスメイトたちが二人を見て、驚いた表情を浮かべている。確かに、横に並ぶと姉妹のようだ。

「昨日は拓真くんとデート、楽しかった?」

ミラがさらっと言うので、ほのかは慌てた。

「デートじゃないよ!ただのお茶!」

「そう?でも嬉しそうだったわね」

ミラの表情には、少し寂しさが混じっているように見えた。

教室に入ると、佐藤先生が慌ただしく入ってきた。

「皆さん、今日はまた新しい転校生を迎えます」

クラス中がざわめいた。

「え、昨日に続いて?」 「今度は男子?」 「なんで立て続けに転校生が…」

ほのかも驚いて、ミラの方を見た。ミラはまっすぐ前を向いていたが、小さく呟いた。

「来たわね」

「え?」

答える間もなく、教室のドアが開いた。

背の高い男子生徒が入ってきた。黒髪に切れ長の目。端正な顔立ちで、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。女子たちから小さな歓声が上がった。

「志摩蒼一郎です。東京から来ました。よろしくお願いします」

低く落ち着いた声で自己紹介する転校生。志摩蒼一郎。

「志摩くんの席は…そうだな、窓側の空いている席にしよう」

先生に言われ、志摩くんはほのかとミラのちょうど前の席に向かった。座る前に、彼はふと二人の方を振り返った。その目が、ほのかとミラを交互に見つめる。

「よろしく」

微かに微笑み、席に着く志摩くん。ほのかは何だか胸がドキドキした。不思議な目をしている。まるで何かを見通しているような…。

授業が始まり、ほのかは志摩くんの後ろ姿を見つめていた。なぜか目が離せない。そんなほのかに、横からミラが小さなメモを渡してきた。

「彼よ。未来を変える鍵を握る人」

ほのかは驚いて、ミラを見た。彼女は真剣な表情で、小さくうなずいた。

昼休み、志摩くんは女子たちに囲まれていた。質問攻めにあっているようだが、彼は穏やかに対応している。

「志摩くん、部活は何に入るの?」 「趣味は?」 「彼女いるの?」

最後の質問に、志摩くんは少し困ったように笑った。

「いません」

その時、彼の視線はふとほのかの方へ向いた。目が合い、ほのかは慌てて視線をそらした。心臓が早鳴りする。どうして?拓真くんのことが好きなのに。

「ほのか」

振り返ると、ミラが立っていた。

「今日も屋上で話さない?」

「うん…」

二人は屋上へと向かった。今日も爽やかな風が吹き、遠くの山々が青く霞んでいる。

「志摩くんって、どんな人なの?」

思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。なぜ志摩くんのことを聞いたんだろう?

ミラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「彼はね、特別な人よ。あなたの人生を大きく変える存在」

「どういう意味?」

「ほのか、あなたは拓真くんのことが好きなんでしょ?」

突然の質問に、ほのかは顔を赤らめた。

「え?ま、まあ…うん」

「でも、志摩くんを見た時、心が揺れたでしょ?」

図星だった。どうしてミラはそんなことまで?

「どうして知ってるの?私の気持ち、読めるの?」

ミラは深く息を吸い、吐き出した。

「そろそろ、本当のことを話す時かもしれないわね」

ミラは屋上の端に歩み寄り、風に髪を揺らせながら言った。

「ほのか、私が誰だか、わかる?」

「え…?」

「よく見て。私の顔、私の目…」

ほのかはミラの顔をじっと見た。確かに自分に似ている。でも、目の形や表情には何か違いがある。でも、その目は…。

「かあさんの目…に、似てる?」

思わず口にした言葉に、ミラは小さく笑った。

「そう、私はあなたと繋がっている。でも、今はまだ全部は話せない。時が来たら、すべてを話すわ」

ミラは再び真剣な表情になった。

「大切なのは、これから始まること。志摩くんとあなた、そして拓真くん。三人の間に何が起きるか」

「何が起きるの?」

「それはあなた次第。でも覚えておいて—あなたの選択が、未来を創るの」

ほのかはますます混乱した。何を言っているのか、さっぱりわからない。でも、胸の奥では何かが共鳴しているような気がした。

「ほのか、美術部の活動は今日もある?」

「うん。でも、今日は短縮だから、四時には終わるよ」

「じゃあ、部活の後、一緒に帰らない?話したいことがあるの」

「うん、いいよ」

チャイムが鳴り、二人は教室に戻った。


午後の授業中、ほのかは志摩くんの後ろ姿を見つめていた。どうして気になるのだろう?昨日まで、頭の中は拓真でいっぱいだったのに。

最後の授業が終わり、美術部の活動時間になった。ほのかが部室に向かっていると、廊下で志摩くんとばったり出会った。

「あ…」

「天野さん、だよね?」

「う、うん。ほのかでいいよ。みんなそう呼んでるから」

志摩くんは微笑んだ。「じゃあ、ほのか。放課後何してるの?」

「美術部。今から部室に行くところ」

「美術部か。僕も絵を描くんだ。見学させてもらえないかな?」

「え?いいよ!もちろん!」

思わず声が弾んでしまった。ほのかは志摩くんを部室に案内した。部室には既に何人かの部員がいて、志摩くんを見て目を丸くした。

「新入部員?」 「イケメン!」

部長が志摩くんに挨拶し、見学を歓迎した。ほのかは昨日の続きの風景画に取りかかろうとイーゼルの前に座った。志摩くんはほのかの隣に立ち、彼女の絵を見つめていた。

「綺麗だね」

「え?そ、そう?」

「うん。温かい色使いで、懐かしさを感じる。見ていると心が安らぐ」

志摩くんの言葉に、ほのかの胸がじんわりと温かくなった。拓真も似たようなことを言ってくれたけれど、志摩くんの言葉には何か専門的な響きがあった。

「ありがとう。志摩くんも絵を描くの?」

「うん。でも僕は主に人物画かな」

志摩くんはカバンからスケッチブックを取り出した。ページをめくると、そこには繊細なタッチで描かれた人々の肖像画が並んでいた。表情の一つ一つが生き生きとしていて、まるで今にも動き出しそうだ。

「すごい…本当に上手!」

「ありがとう。でも風景画は苦手でね。ほのかに教えてもらえないかな?」

「え?私が?でも私、まだまだだよ…」

「いや、素晴らしいよ。特にこの光の表現の仕方」

志摩くんはほのかの絵の中の夕日の部分を指さした。二人は絵の話で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていった。

部活動が終わる頃、ほのかはミラとの約束を思い出した。

「あ、今日はミラと帰る約束してたんだ」

「月島さん?あの転校生だよね。不思議な子だね」

「うん…」

部室を出ると、廊下にミラが立っていた。志摩くんとほのかを見て、ミラは少し驚いたような表情を見せた。

「お待たせ、ミラ!志摩くんが美術部に見学に来てくれたんだ」

「そう…」

ミラと志摩くんは互いに見つめ合った。何か言葉なく通じ合っているような雰囲気があった。

「志摩くん、僕たちも帰ろうか」

突然、別の声がした。振り返ると、拓真が立っていた。どうやら志摩くんを迎えに来たらしい。

「ああ、拓真。悪い、もう少しここで話していきたいんだ」

「え?」

拓真は志摩くんとほのか、そしてミラを見て、少し困惑した表情を浮かべた。

「あの、拓真くんも一緒に帰る?」

ほのかが提案した。なぜかこの四人でいることが自然に思えた。

「いいの?でも美術部の話とか…」

「大丈夫だよ。もう終わったし」

こうして四人は一緒に下校することになった。校門を出て、いつもの通学路を歩き始める。

拓真と志摩くんが前を歩き、ほのかとミラが少し離れて後ろを歩いた。二人の男子は話が合うらしく、サッカーや音楽の話で盛り上がっている。

「拓真くんと志摩くん、仲良くなったみたいだね」

「そうね…」

ミラの表情は複雑だった。

「ミラ、話したいことって何?」

「そうね…」

ミラはしばらく黙って歩いていたが、やがて口を開いた。

「ほのか、私は…あなたの未来から来たの」

「…え?」

あまりにも突拍子もない言葉に、ほのかは立ち止まってしまった。

「冗談でしょ?」

「冗談じゃないわ。私は未来から来た。あなたの…」

ミラはさらに言葉を続けようとしたが、その時、志摩くんと拓真が振り返った。

「どうした?二人とも」

拓真が心配そうに尋ねる。

「な、なんでもないよ!ちょっと話に夢中になってただけ」

ほのかは無理に笑顔を作り、前に進み出た。ミラも黙って続いた。

四人は筑後川に架かる橋までやってきた。昨日、拓真とほのかが夕日を見た場所だ。今日も夕焼けが始まっていて、川面が赤く染まっている。

「きれいだな」

志摩くんが感嘆の声を上げた。

「この景色、描きたくなるね」

「でしょ!私もいつも描いてるんだ」

ほのかは嬉しそうに言った。志摩くんと視線が合い、二人は微笑み合う。その様子を、拓真が少し複雑な表情で見ていた。

「ほのか、明日も美術部あるの?」

拓真が唐突に尋ねた。

「うん、あるよ」

「じゃあ、明日も迎えに行くよ。帰りにあの喫茶店によらない?」

拓真の誘いに、ほのかは少し驚いた。二日連続でデートの誘い?

「ええと…」

言葉に詰まっていると、今度は志摩くんが口を開いた。

「僕も明日から美術部に入ろうかな。ほのか、風景画の描き方、教えてくれるかな?」

「え?あ、うん…もちろん」

ほのかは困惑していた。なぜ急に二人から誘われるの?

その時、ミラが静かに前に出て、三人の間に立った。

「明日は私もほのかと一緒に過ごすわ。大切な話があるから」

三者三様の誘いに、ほのかはどうしていいかわからなかった。拓真、志摩くん、ミラ。三人とも何か特別な存在に思えて…。

「あの…みんな一緒に行けばいいんじゃない?」

ほのかの提案に、三人はそれぞれ複雑な表情を浮かべた。でも最終的に、四人で行くことに決まった。

「じゃあ、明日の放課後、美術部の後で」

拓真が言った。志摩くんもミラも小さくうなずいた。

別れ際、志摩くんはほのかに小さな紙を渡した。

「もし何かあったら、連絡して」

そこには電話番号が書かれていた。ほのかが驚いて顔を上げると、志摩くんは既に立ち去りかけていた。

拓真も「じゃあな」と手を振って去っていく。ミラだけが残った。

「ミラ、さっきの話…本当なの?」

「ええ。でも今日はもう遅いわ。明日、ちゃんと話す時間がある」

ミラは少し悲しそうに微笑んだ。

「ほのか、あなたの心はどう?拓真くんと志摩くん、どう思った?」

「え?それは…」

ほのかは自分の気持ちを整理できなかった。拓真のことが好きなのは変わらない。でも志摩くんともなぜか心が通じ合うような気がする。

「答えなくていいわ。自分の心に正直になれば」

そう言って、ミラも立ち去った。

一人残されたほのかは、夕暮れの橋の上で空を見上げた。雲が赤く染まり、その間から一つの星が瞬いている。

「私の選択が未来を創る…」

ミラの言葉が頭の中で繰り返される。拓真と志摩くん。そしてミラの正体。全てが謎に包まれているけれど、明日、何かが明らかになる予感がした。

ほのかは深呼吸して、家路についた。明日という日が、どんな風に自分の人生を変えていくのか—その答えを求めて。

夜空には、一つまた一つと星が輝き始めていた。そして遠い宇宙の彼方から、誰かが優しく見守っているような、そんな気配が漂っていた。

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