第5話「異変」
「最近、
「身分を気にされることなく、平等に扱ってくれたのは月見里様だけでしたから」
警察という立場でもない晴馬さんが聞き込みを行ったところで、得られる情報には限りがある。
それでも、私たちは丁寧に情報を集めるところから始めた。
「未来は、とても発展されていたようだったので」
「古典的な捜査方法で驚きますよね」
「はい」
「どんなに文明が進んでも、古き良き文化は残ってるということかもしれませんね」
街を見回しても、そこには平和そのものといった世界が広がっていた。
人の血を狙っている吸血鬼という化け物が、この時代を徘徊していると言っても誰も信じてはくれなさそうなほど世界は平和に見えた。
「連日、女性の遺体が見つかっているのですよね」
「噛み跡があることから、恐らく吸血鬼の犯行だと思われるのですが……」
月見里の家に閉じ込められてきたも同然な私は、この時代の建物の造りや行き交う人たちが物珍しくて視線を向けてしまった。
「こっちは吸血鬼が時代を移動している可能性を考えないといけなくなるので、頭が可笑しくなりそうですよ」
ただし、
「吸血鬼が私の血の匂いを嗅ぎつけてくれたら、楽なのですが……」
「さらりと恐ろしいことをおっしゃる紅音様を咎めたいところですが」
ほんの少し口角が上がっている晴馬さんを見て、晴馬さんは本気で私を咎める気はないのだろうなという優しさを感じる。
「ほかにもできることはありますよ」
「私は、何か特別な能力を持っているわけでは……」
「俺たちは、何か変わったことが起きていないかどうかを調べています」
漠然と、何か変わったことが起きていないかと言われても返答に困ってしまう。
「変わった……? 平和ではない気配……のような感じですか?」
「そんな感じです。苦しいとか気持ち悪いとか怪しいとか、平和そうじゃない気配を感じたら教えてほしいなって」
そんな、ぼんやりとはっきりしない感覚で大丈夫なのかと思ってしまう。
私は普通の人間として生きてきたから、そのような些細な感覚は気のせいと思って流してしまうかもしれない。
「そうですね……」
「そんな唸らなくても大丈夫よ。これから晴馬と一緒に、ここらへんを調査する……」
「月見里の屋敷にいるとき、可笑しな感覚はずっとありました」
自分でも説明のできない何かが起きていて、どうしよう。
この場に鏡はないけれど、今の私は意味不明な顔をして晴馬さんを困らせていると思う。
「可笑しいというのは?」
「言葉の通り、平和ではない。みたいな感覚です」
その言葉を受けて、恐らく晴馬さんは私に問い質したいことがいくつも浮かんできたはず。
でも、それらを一気に質問するわけにもいかず、晴馬さんは気持ちを落ち着かせて私への質問を続けた。
「ずっと、とは?」
「もう思い出せないくらい昔からです」
「生まれたときから感じていたってことかもしれませんね」
吸血鬼が存在する場所は、存在していた場所は、平常の気温よりも低いという話を伺った。
月見里の家は比較的どこにいても寒くて、太陽の光を浴びているときですら太陽の恵みをあまり感じられない。
「屋敷を漂う寒さは
「院瀬見が出入りしていたから、月見里の家の気温が低くても可笑しくはないですが」
「たいしてお役に立てなくて、申し訳ございません」
「いいえ、そういう些細な情報がありがたいんですよ」
晴馬さんは吸血鬼狩りならではの考えごとに耽って、私は私で自分が住んでいた屋敷のことを思い返す。
「
「我慢ではなく…………考えないようにしてきました。気のせいだって」
ここで不自然に笑顔を浮かべたことで、晴馬さんには違和感を与えてしまったと思う。
でも、父と院瀬見に囚われていた日々と比べたら、可笑しな感覚は私にとってたいしたことではない。そう思って、私は笑ってみせた。
「……駆けつけるのが遅くなって、申し訳ございません」
「いえ、未来の時代の方が大変ですから」
「もっと積極的に、過去の人間と関わるべきでしたね……」
「ふふっ、歴史が変わらない程度にお願いします」
もっと早く、私と晴馬さんが出会っていたら。
それは誰もが考えていることかもしれないけれど、どんなに過去に戻る技術が発展したとしても過去をやり直すことはできない。
「やっと、月見里家の外の空気を美味しいと感じられました」
「それだけ紅音様にとっては、月見里家の空気が違うと……」
「みたいです」
父と院瀬見に囚われていた私を救うことができるのは、やっぱり晴馬さんたち吸血鬼狩りの皆さんしかいないのだと実感する。
「何か気になることがあったとしても、相手に心配をかけたくないですからね」
「あ、晴馬さんに話すことができなかったわけではなくて……」
「俺を信頼していないとかではなく、相手の負担を考えて相談できないこともあるでしょう?」
「……はい」
ずばり言い当ててくるところから、晴馬さんはかなり人生経験が豊富な方なのではないかと悟る。
「好きな人が笑ってくれなくなるんじゃないか、とか」
「……晴馬さんのおっしゃる通りです」
晴馬さんは人生経験豊富な方かもしれないけれど、それ以前に観察力の鋭い方なのかもしれない。
「もしもすれ違うことがあったら、喧嘩でもしてみればいいんですよ」
「喧嘩、ですか」
「紅音様はご令嬢様だったから、喧嘩とは無縁でしょうけどね」
吸血鬼狩りとして、人の気持ちに敏感な晴馬さん。
吸血鬼狩りとして戦っていくために、自分なりにできることを見つけてきて、それをちゃんと実践してきた人なのだと尊敬の気持ちがますます強くなる。
「俺が笑わないことがあったら、一発殴るくらいの覚悟で……」
「それは駄目ですよ! 暴力は駄目です!」
「生きていれば、なんだってできるんですよ」
晴馬様には、ずっとずっと笑っていてほしい。
晴馬さんに心配をかけるようなことをしたくなかった。
そんな風に気を遣うことは悪いことではないのだろうけど、晴馬さんの『生きていればなんだってできる』という言葉に勇気をもらった。
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