第13話

 俺ことジルロードは、父の副官だった女性であるメイプルに拉致された。


 一体何があったのか自分でもよくわからないが、気絶していたらしい。

 目が覚めてからタルトの報告を聞いたところによると、あれから一週間が経過していたようだ。


 単に結論を言ってしまえば、俺は“奴隷”になった。

 具体的な状況は俺も、はたから見ていたタルトからしてもさっぱりだ。


 拉致されてから三日ほどで隣国のヴェルノス公国の国境に到着すると、そこでなにやら不思議な取引が行われたらしく、とんでもない金額で俺は奴隷の身分として売り払われた。


 シャルロットの報告によるとメイプルたちがアグノリア帝国へ戻った頃には、アインゼル公爵も自らが治める領地の状況を把握したらしい。


 一方でヴェルノス公国はというと、異様なほどに騒がしい。

 俺はできることもないから、タルトと五感を共有して街並みを見て回ったりしていたけど、人の出入りがかなり多い様子。


 どうも近隣で魔獣の発生が多発しているようで、奴らと戦えるだけの実力者の数が足りてないようだ。


 魔獣でいっぱいの領地なんて、他の国も要らないから戦争は起こりそうもないみたいだね。 


 そんなわけで、タルトは街を散策しつつ情報収集に努めて、シャルロットはアインゼル公爵や家族たちの状況を定期的に報告してくる。

 シャルロットの方でアインゼル公爵が領地に戻れば、エステリーゼ経由で何があったのかを知れることだろう。


 そして俺は…………奴隷としてヴェルノスの何処かに運ばれている。

 買い手が付いたのか元々、誰かが欲しがっていたのか、そこはまだ分からない。


 ……というか、こればっかりは本当によくわかんない。なんせ奴隷って制度が帝国にはないからさ。


 俺個人のイメージだけで語ると、「奴隷」って要するに「権利とか自由を縛られて、道具同様に扱われる存在」だと思ってるんだけど。


 どうもタルトに調べてもらった感じだと、ちょっと方向性が違うっぽい。


 確かに自由や権利と呼べるものはないかも知れないが、どちらかと言うと「能力を持たない存在に仕事と最低限の生活環境を与える制度」みたいに扱われてる事が多いようだ。


 なんというか、軽い言い方をすると……お仕事をしてくれるペット、みたいな。


 単に放置して餓死させたり、ただ死ぬまで何も与えずに仕事だけさせ続けたりするのは法律的にダメらしい。

 まあ、ペットの虐待はダメってことかな。


 とりあえずタルトには俺を輸送している馬車を尾行してもらっているが、どうやら今のところヴェルノスの郊外にいるようだ。

 貴族の別荘地が建てられる様な場所…………要するに、買い手はそういうことだろうな。


『ジル〜多分だけど、買い手さん分かったよ』


 眠気に身を任せて寝てやろうかと思っていると、不意にタルトから思念リンクが飛んできた。


『おっ、どこの変人?』


『こっちにはティグランテ伯爵家の別荘地があるっぽくて』


『ティグランテ……っていうと?』


『昨日調べてた感じだと、三代続けて宰相を輩出してる名家みたいだねぇ』


 宰相を輩出してるって相当じゃない?名家ってレベルじゃないと思うんだけど、何それ?


 そんな凄い貴族が当然のように奴隷を買ってるのか。

 普通に一つの制度として国に定着してるものだからだろうけど、俺の感覚的にはかなり違和感あるな。


『で、そのティグランテ伯爵家が何で俺を?』


『んっとねぇ、先回りでちょっと家覗いてるんだけど…………』


 お前はお前で何をやってんだよ。


『……人が居ないねぇ』


『ん? 別荘なら使用人の一人や二人居るだろ』


『いや全然、騎士っぽいお兄さんが一人待ってるだけだね。馬車もこっち来てるし間違いなさそうなんだけど……』


 ということは、その人と“お話”をするしかないか。


 しばらくすると俺は手枷だけ繋がれた状態で馬車から降りるように促され、妙に広いばかりの、如何にもな別荘の前に立たされた。


 そこに佇む、軽装騎士のお兄さん。ぱっと見た感じ二十歳過ぎたばかりだろうか。


「ふむ……。では確かに」


 騎士のお兄さんは俺の顔を覗き見た後に、馬車の中で御者をしていたおじさんに重たそうな革製の袋を渡した。


「ではでは、今後もご贔屓に」


「さっさと行け」


 お兄さんは手を払って馬車をその場から離れさせる。周囲に人が居なくなると、彼はじっと俺を見てくる。


「……さて、まずその反抗的な目を──っ!?」


 彼が口を開き、呼吸を見出した瞬間。俺とタルトは同時に動き出した。


 俺は手を繋がれているので蹴り技で足元を崩し、タルトが背後から即座に組み伏せて首筋にダガーを突き立てた。


「きっ、キサマ何を……っ!!?」


「一人で待ってたのが馬鹿だったな……。タルト、鍵」


「えーと、はいこれ」


 騎士のお兄さんの懐から鍵を投げ渡してもらい、ちゃちゃっと手枷を外す。


「なっ、お前何を……がほぁっ!!?」


 何か言われるのも面倒なので顔を一発蹴り上げて黙らせる。


「さて、言葉には気を付けなよ? 奴隷に逃げられた馬鹿として同僚に鼻で笑われたくなかったらね」


「……まるで俺が言ったみたいになるから止めてくれない?」


「でもどうせ拷問するじゃん」


「いやそこまではしねえよ!? 話してくれりゃ何もしねえって……」


 ただ黙らせる為に蹴っ飛ばしただけだからな?


「……まあとりあえず、騎士のお兄さん」


「…………」


「お話、聞かせてもらおうかな……?」

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