第11話

 嫌な匂いがして、不意に目を覚ました。


 それは俺だけではなく、何故か同じベッドに入り込んで寝ていたタルトも同じだった様だ。


「……待てよ、お前なんでここに……」


「ん……んぇ?」


「何を寝ぼけてんだ……」


 大方、トイレにでも起きて、戻って来る時は俺の記憶を頼りに部屋に入ったせいで別室に行かなかったのだろうか。


 いや、今はそんなことどうでもいい。


「何だ、これ」


「なんだろ……焦げたような匂い」


「今日家で火使ったか?」


「使ってない、はず」


 なら火事とかじゃなさそうだ、なんて考えながら窓の外に目を向けた時。

 俺の思考は完全に止まった。


 赤く染まった大気。町の方では黒煙が昇り、深夜の空を焦げ臭い空気で塗り潰していた。


「うぇ、燃えてる……?」


 なんだこの規模、火事ってレベルじゃないぞ。

 魔獣、とも違うだろう。

 これはまるで……。


「あれ……って、軍旗?」


 俺には見えないけど、タルトの視力なら見えるのだろう。

 って……軍旗だと!?


「まさかそんな──」


 いや、あり得る、のか?

 あり得ていいのか?

 今このタイミングは、公爵の当主や大半の騎士、そしてなによりエステリーゼが居ない。

 つまり公爵家を陥れる上で絶好のチャンスと言えなくもないわけで……。


「……ヴェルノスか?」


 ヴェルノス公国。今は戦争の暇なんか無い筈の隣国だ。


「ううん。多分、レヴェリオ侯爵……」


 ──と言うと、確か……。


「メイプルさんとこの実家、だよな」


 アインゼル公爵家直属の騎士の副団長、メイプル・フォン・レヴェリオの実家だ。

 一応ジアイザの部下にあたる人のはずだが……。


「あの人エステリーゼの護衛についてなかったろ」


「あ〜……じゃ、そういう事じゃない?」


 なるほど分かり易い反逆だな。

 交易なども当たり前に行っていた友好的な家だった筈だが、このタイミングで領地を攻めるなんてどういうことの成り行きだろう?


 さてどうしたものか。

 と言っても俺にできることなんてほとんど無いから大して選択肢は無いんだが……。


「──待って、誰が来る」


 足音でも聞こえたんだろう、タルトにそう言われて、俺は寝たふりを決め込むことにした。


「タルトは隠れてろ」


「ん」


 俺は布団に潜り、タルトはベッドの下へと身を潜める。


 数秒後、迷いなく近付いてくる足音が俺の耳にも届き、すぐに部屋のドアが勢いよく開かれた。


「ジルロード殿! 起きてください!」


「んっ……?」


 俺はあたかも今起きました、みたいな態度で目をこする。

 声の主はタルトからの思念によってわかっている。


「……誰?」


「私が誰かは今どうでもいいでしょう! それより、街がに襲われています! 今すぐに避難を……!!」


「街、が……襲われ……?」


 何の話をしてるんだ、と聞く前に彼女は俺に駆け寄ってくると、強引に手首を掴んで引っ張った。


「うわっ!?」


「こっちです、早く!」


 随分と強引だ。

 寝ぼけてるのを利用したいのか、それとも何も知らず本気で心配してるのか……。


 いや、それは無いな。

 だったらこいつが都合よく一人で来るわけがない。


『タルト、俺動けないかも。窓から降りて街で被害を減らせるか?』


『もう移動始めた、けど……ちょっと無理っぽい』


『え……無理ってことあるか?』


『それが…………皆殺しにしてるっぽくてさ』


 …………領民を?

 そんな馬鹿なことするか?


 どんなに酷い当主だろうと「人間=労働力」思考すら捨てることは無いだろうに……。

 本当に何考えてんだ。


『それに、シャルに連絡が取れない。あっちでも何かあったのかも』


 それは俺も試したが、寝てるだけなら無理矢理に起こせるのに、今はそれもできない。

 薬か何かで強制的に寝かされてるか、もしくは気絶してるのか……。


 俺が寝てる間でも、たとえリンクしてなくても、彼女が受けた痛みなどは俺の方にもフィードバックが来るので気付ける。


「っ……!? うわっ……!」


『ん? ジル?』


 ……なんにせよ、シャルの体に何があったのかすら分からない。


『タルト……。公爵と父さんには悪いけど領民は見捨てる。距離置きながら俺のことを追ってくれ』


『…………りょーかい、場所は?』


『分かんない』


『えっ、そっちこそ何があったの?』


『あ……いや、それなんだけどな』


 どうやらメイプルは普通にグルだった。


『俺、家出たあと頭から麻痺毒被せられてさ。麻袋の中なんだよね。目も耳もぼんやりで、外の景色は一切見えてない』


『何やってんの!!?』


『いやいや……。お前の方と思念リンクしながら死角の警戒すんのは無理だって、練習してないことはできないよ』


 ほんっと……どうしたもんかな?

 揺すられてる様な感覚はあるが、それだけだ。

 物音すらぼんやりしているので、五感は全部麻痺してるだろう。


 体は動かせそうもないし、意識もハッキリしてるとは言い難い。

 こっからはもう……タルトに任せるしかないか。


『ごめん、俺そろそろ落ちるわ』


『寝落ち通話みたいな事言わないでよ!? 流石にちょっと心細いんだけど!』


『場合にもよるけど、命の危険がない限りはとりあえず助けなくていいよ。見つからないように見張っといてくれれば』


『いやだから! どこに居るん──! ──!!』


 あー……やっば、完全に意識落ちる。


 ────…………。

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