第10話

 模擬戦はいつも通りアインの負けに終わったが、彼は妙にスッキリした表情だった。


 どうせ帝都に行ってからもこんな調子で日々を過ごしていくんだろうけど、アインにとっては今日は何かの区切りなのだろう。


 その一方で、いつもなら満足そうにしてる筈のエステリーゼだが、今日はどこか不完全燃焼といった表情だ。


「どうした?」


「うぇ? あ、ううん。何でもない……よ?」


「……俺今日はやんないよ」


「わ、分かってるよ!」


「代わりって訳じゃないけど、あっちではシャルロットが一緒に学校通うから、そう落ち込むなよ」


「うん。…………うん?」


「あーあと、父さんとアインが一緒に行くからって理由で母さんも帝都行くから」


「え?」


「そうなの!?」


 エステリーゼには初めて言ったから良いけど、アインはなんで一緒になって驚いてるんだ。

 多分シャルロットのことじゃなくて、アルファールも同行するって話にびっくりしたんだろうけど。


「……私も行くんだ」


「はぁ……? ちゃんとその話しなかったっけ?」


「その話はしてたけど、決定とまで言われた覚えないな」


 俺も行かないか、と父さんに誘われたので「シャルが行くよ」と答えた。

 俺は外に出るの嫌だし……って訳じゃなくて、この数年でちょっと気になることができたから居残りする。


 つまりこの家に残るのは俺だけ。一人でお留守番だよ。


「ま、そういうわけだから。寂しくはなんねえよ」


「そっか……。なんか、気を遣わせちゃったんだね」


「ん? いや別に」


 俺が多少成長したエステリーゼに気を遣う訳が無い。

 シャルロットはこの世界の色んなことの情報収集をするために帝都へ行くのだ。俺個人の感情としてエステリーゼのことは一個も考えてなかった……けど、まあここまで口に出すのは止めておこうか。




 それから一週間も経たない内に、シャルロットとついでにうちの家族。

 そしてアインゼル公爵、そこに付き数人も含めた10人以上の護衛を連れて、エステリーゼは帝都へと旅立った。


 俺はいつでも頭の中でシャルロットとやり取りができるので、正直長い間お別れになる、という感じはしない。


 まあ……それはそうと、だ。


「やっとこの時が来たよ……」


 俺は一人、シャルロットを使って訓練していた“身体変性”の能力で自分の体を変質させた状態で裏山に来て“魔力”を発動させた。


マギア・リベレス魔力解放──〈二重の影ドッペル〉」


 身体からごっそりと体力を奪われる感覚がくると……それに伴い、俺の眼前に白髪の少女が現れた。


 少女はアルファールやシャルロットと瓜二つの容姿をしているが、それよりも目を引く部分がある。


「えぇ……?」


 少女は困惑の声とともに、自分の頭と尾骶骨あたりに手を伸ばした。


「……無茶苦茶なこと考えたね、本体ジル


 どうやら上手く行ったようだ。

 俺の魔力は肉体、つまりは“魔”を参照して分身体を創り出す能力だ。

 肉体そのものが変質した状態ならば、シャルロットと別にもう一人分身体を作れるのではないかと考えた。


 そして予想通りうまくいった。


 俺は目の前に居るのは、シャルロットに狼のような犬耳とフサフサの尻尾が生えたような獣人少女。


「んー……。シャルロットの妹だから、タルトとか?」


「アルファールは別にシャルロットケーキ知らないと思うけどね?」


 ほほう。

 そのツッコミができるってことは、前世の記憶も共有してるみたいだな。


「ま、よろしくタルト」


「それで行くんだ……。別に良いけど」


 こっちはなんか素で俺に似てそうだな。主に口癖が。


「で、なんで私のこと呼んだの?」


「ん? そりゃ勿論、実験台だよ」


「……いやまあ、そんなこったろうとは思ったけど」


 とりあえず分身体第二号は上手く行ったんだ。今日は成果として十分だ。

 正直シャルロットの妹的な存在を創るのに、一発で成功するなんて思ってなかったからな。


「じゃあタルト、大体理解してるとは思うけど一応説明しとく」


「ん」


「まず、君の体は今俺が出来る限界まで肉体の性能を強化してる」


「はーい、質問」


「何?」


「この耳と尻尾は何のためにあるの?」


「……シャルロットとの分かり易い差別化のためだけど」


 他に何があると思ったんだろう。

 一目でシャルロットと違うと分かる見た目にしたかった。


 でもシャルロットはアルファールに似てるお陰で周囲に受け入れられていたので、そこからあまり容姿は変えたくない。


 ってことで獣人族っぽくすれば町中に居てもそこまで違和感もない。


 ということを説明したら、タルトは不満げに眉をひそめた。


「へ〜……下心は?」


「お前それ分かってて聞いてるだろ」


「つまんない男」


「このカラダまだ12歳だぞ……」


 いや待てよ?

 この年って普通は性に興味持つ……か?

 だとしても俺別に、ケモ耳の趣味とか無いんだよな。


「とにかく、タルトは素で俺より身体能力が高いんだよ」


「ほんほん、それで?」


「その状態で身体変性で肉体を弄って、練気より効率的に身体能力を強化できないかって実験なわけだよ」


「あ〜……なるほど」


 それともう一つの実験。


 今の俺はもとに戻ってるので、シャルロットと同じ状態だ。

 一切意識を向けていなくてもシャルロットが怪我して強い痛みを覚えたりすると、俺も同じ目に合うことになる。


 一方でタルトとは肉体の性質が違う状態だ。


 この状況でタルトが痛みを感じた時、それが共有されるのかを実験するつもりだったのだが……今やった感じだと、五感共有はできるんだよな。


 シャルロットが肉体変性で追加した尻尾を怪我すると幻肢痛が発生するので、タルトにも同じことが言えるだろう。


 これは多分“魔”じゃなくて“聖”の方を参照してるのかな、だから感覚共有があるのだと思われる。


「……やっぱ魔力って分かんねぇな」


「えっ急にどしたの?」


「いや何でも。それより、いくつか試してみよう」


「りょーかい」


 さて、時間は幾らでもあるわけだし、色々試していこうかね。

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