第7話

「……居た」


「あれが……」


 魔獣、か。

 腕が六本も生えている大きな体躯した獣人の姿をしていた。全長は目測で5メートルってところかな。


 数人の軽装騎士が足止めしているが、長くは保たないだろう。

 ジアイザの姿も、ついでにエステリーゼの姿も近くには見受けられない。


 ……なんというか、本の挿絵よりよっぽど異形な存在だ。


 周囲には怪我人も多数、中には死亡者もいることだろう。

 だが逃げ惑う人の姿はないことから、ほとんどは逃げられてるみたいだ。


「シャル、俺たちは怪我人を安全圏に運ぶよ。近くに母さんがいるはず、探せるな?」


「……分かった」


 アルファールは薬師であるが、専門じゃないだけで医療にも精通している。全員救い出すのは困難を極めるがそこは俺たちのできる事じゃない。


 ここに来た俺たちがやらなきゃいけないのは、騎士の邪魔にならないこと。

 そして騎士の動きの邪魔になる、動けない人々を戦闘の範囲から引き剥がすこと。


 子供の身でそれだけできたら上々だと思う。


 意識を集中させて、この2年で散々練習してきた“練気”を身に纏う。


 肉体を強靭にして、身体能力を高める技だ。

 これなら両脇に人を一人ずつ抱えても走れる程度の筋力になる。 


 さきに魔獣の近くに居る怪我人を運ぼうと近付いたら、戦闘中の騎士に気付かれた。


「なっ……子供!?」


「ここは危険だぞ、離れろ!」


「いや待て! 君は……団長の息子か!」


 彼らの話は一切無視して、どこかの親子らしき人を両脇に抱え上げて、建物の屋根に跳び乗る。


「なるほど……」


 すると、一人どことなく見覚えのある気がする女性の騎士が、こちらを見て……すぐに声を張り上げた。


「お前ら! 怪我人の避難が済むまで抑え込め!」


「「「了解!!」」」


 お、なんか美人さんに目配せされちゃった。

 これは仕方ないな、ちょっと頑張るか。 


『──アルファール見つけた』


 ふと、シャルロットの思念が思考に割り込む様に飛んできた。

 一度五感をリンクさせ、彼女の居場所を確かめる。


 ……どこだここ。

 あ、公爵の屋敷辺りか。……結構近いぞ大丈夫かよ。

 っと……なるほど、エステリーゼがこっち守ってるのか。公爵の騎士が討伐に出向いてんのね。


「オッケー確認した。こっちは騎士さんが抑えてくれてる、早めに行動しよう」


『分かった』


 思念リンクは繋げっぱなしで、俺とシャルロットは可能な限り怪我人や動けない人々の避難を進めた。


 時々魔獣の攻撃が飛んでくることもあったが、常に警戒してれば逃げるのは思っていたよりも容易い。まあそう感じたのは騎士さんたちのおかげだろうけど。


 一通り見当たる怪我人を運び終えた頃、戦闘中の騎士の中にジアイザが参戦しているところを見つけた。

 そうして一つ気がつく。


 ……思ったより、他の騎士とジアイザの実力が離れてる。


 ということは、アレにそろそろ追いつけそうなアインは、流石にジアイザが認めるだけの天才ってことなんだろう。

 うちの兄貴と親父は見た目より凄いんだなぁ。


 普段の印象が穏やかな父と年下女子に執着してるお兄ちゃんだから、あんまり凄い感じしないけど。

 こういう時に怪我してるあたりも、頼りになるとは口が裂けても俺から言えないしさ。


『ジル、こっちは終わった。建物の中とかも居なさそう』


「了解。合流して父さんに手を貸そう」


『……魔獣に手出しはしないんじゃなかったの?』


「する予定は無かった。けど、これ以上の被害拡大はさせられないだろ。父さんも足手まとい連れてるから大変そうだし」


『足手まとい……って、騎士さんのこと……? まあいいけど、具体的な作戦は?』


「父さんたちを囮に奇襲する。数秒の隙を作れれば父さんが勝手に倒してくれるはずだよ」


『……分かった。なら私が先に出る』


「頼んだ」


 その後簡単な作戦詳細を決めながらシャルロットと 合流。

 少し意見が割れたりはしたものの、概ね俺の想定通りの作戦で意見は合致。


 そうして向かった魔獣の直ぐ側。


 建物の陰に身を潜めても、かなり威圧感がある。


「少し退け、団長の邪魔だ!」


「お前もだメイプル、このレベルの奴らは手に余る」


「私はまだやれます!」


 ほぼ2対1の状況、とはいえ実質的にジアイザしか機能して無いと言えよう。


 察するにさっき俺に声をかけてくれたあの女の人……メイプルとかいう人は副団長か、ジアイザが目をかけてるか、そんなところかな。明らかに若いし……不倫か?


 なんて、馬鹿なこと考えてる場合でもないんだったな。


『ジル、タイミングは?』


 余計なことを考えてたら、シャルロットから思念がきた。

 んー……もう少し確実性のあるタイミングがあると良いんだけどな。

 シャルロットのバックアップは俺がする。

 腕一本使い物にならなくなるだけでも十分な隙を作れるはずだ。


 ただシャルロットを危険にさらすと俺も危険なので、多少でもいいからリスクを下げたい。


 やるなら……ジアイザと魔獣の双方が動きを止めたとき。

 つまり、どちらにとっても予想外の状況に陥ったとき、だ。


 持ってきて正確だったかもな。


 俺はアインから借りた真剣とは別に、一応持っていた木剣を構えて大きく振りかぶる。

 そして魔獣目掛けて思いっきり投げつける。


「シャル、今」


『了解……!』


 俺は同時にその場を離れ、投げた木剣とは違う場所から魔獣の前に飛び出す。


 木剣に目を取られたジアイザと魔獣、ついでに騎士達。


 その死角から勢いよく飛び出したシャルロットと俺は、勢い任せに剣を振って、それぞれ魔獣の腕を一本ずつ切り捨てた。


「グギュアアア!!?」


「なっ、さっきの……!?」


 動揺する騎士と魔獣。


 だが一人だけ、木剣にも俺たちにも気を取られることなく、にやりと笑って魔獣へと飛び上がり肉薄する騎士がいた。


「よくやった……!」


 ジアイザがそう呟いた時、既に彼のブロードソードは魔獣の首元に歯を食い込ませていた。


 そのままジアイザは魔獣を斬り伏せ、満足げに俺に目を向けていた。


「ごめんシャル、助かった」


「……別に」


 近くに寄ってきたシャルに声を掛けると、彼女はふいっと目を背けてしまった。


 俺も魔獣に斬りかかろうとした時、彼女は外套を抜いで魔獣の視線を遮ったのだ。

 それがなかったら反撃を受けていたかも知れない。


「それじゃ、私たちは帰ります」


 シャルはジアイザと目が合ったらしく、とっさにそんな事を言った。


「……おう、助かった。こっちはもうひと仕事頑張るとする」


「ん、おつかれ、父さん」


 俺も軽く手を振り、シャルと二人でその場を離れる。


 シャルがどことなく唖然としていた騎士たちの様子に吹き出したのは、建物の物陰に姿を隠してからだった。

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