オスケモハーレム学園

上雲楽

ラブラブ

 私たちが絶滅してからずいぶん長い時間が経ったので、二足歩行をすること以外、あなたのことはうろ覚えだった。虎の代表として牧島は、あなたに必要な条件を生殖能力と定義したがったが、牧島をはじめ、私たちを真似た生き物はほとんどが同性愛者だった。受精などするはずのない、垂れ流すだけの精液にも、意味はあるのだと犬の代表の国見も考えていた。例えばあなたと国見はクラスメイトで、放課後の教室に居座っている。あなたは数学の宿題を今日中に終える必要があるが、エアコンの外、夏日の中で掛け声を出している野球部の声にうっとりして重要な幾何学のことがらを覚えられない。国見は席を寄せ、顔の毛皮から昼食のデザートらしき柑橘系の香りがする。国見は持っている文房具を直線に見立て、具体例を交え、あなたへの教育を繰り返す。あなたは国見の目を見て、ほほえむ。夕日の逆行で、あなたの毛穴や汗を国見はむしろ好ましく感じて、性欲をもよす。国見は盛り上がったズボンを隠すために足を組み、幾何学のもろもろを思い出す。とても昔の、エジプトのギリシャ系のひとが認めたもろもろを、今でも覚える必要がある。テストに出る。あなたはシャープペンシルを指の上で回し、国見はそれを止めて、指先がふれあう。このとき、あなたも欲情している必要があり、その後、教室に鍵をかけ、互いの舌を吸い合う。このような教育はメタファーではなく、あなたの記憶に存在するべきだと国見は考えているし、牛の代表の筒井も同様の考えだった。野球部の部室であなたは筒井にタオルを渡し、筒井は水筒のスポーツドリンクを飲みながら、あなたへフォームの指導をする。あなたを立たせてバットを握らせ、筒井は後ろに立って、あなたの腰を動かす。筒井はマネキンを飾るように、腰から背中、腕先、歩幅を動かし、抱き着く形になって欲情する。筒井は腰をあなたにこすりつける。このとき、あなたは勃起する必要がある。そののちに、部室に鍵をかけ、互いの舌を吸い合う。このような二人の考えに、牧島は憤っていた。あまりにふしだらな考えで、恥を知るべきだった。そのような牧島の意志に、あなたは庇護されていると感じ、信頼感を覚える必要がある。あなたは安心して、この学園で誰とも交わる必要なく、獣どもと信頼関係を構築し、勉強したり、部活をしたり、ファミレスに行ったり、カラオケに行ったりすることができる。そのような思い出にあなたは教育され、卒業後も牧島と連絡を取り合い、ときどき飲酒する。あなたはうるさい安居酒屋で、酒を口実に、誰とも学生時代に交わらなかったことを牧島に告白する。牧島は自分が名乗り出たかったと後悔する。枝豆をとる手が重なり、互いに欲情する必要があるが、テーブルに隠れて、盛り上がりは見えない。そうして、あなたは牧島を学生時代の友人のひとりとしてのみ考え、同族のメス(存在しなければならない)と交わり、子をなさせ、牧島はあなたの卒業アルバムを繰り返し見て自分を慰める。

 子どもの泣き声であなたは目を覚ます。同族のメスは眠っている。あなたは起き上がり、子どものゆりかごへ向かう。子どもの顔を見るが、その顔がよく思い出せない。電話が鳴る。深夜の電話の音色は、あなたの背筋を冷やす。受話器を取ると、国見の声がする。

「久しぶり」

 と国見は言う。

「誰?」

 とあなたは言う。国見は

「明日、同窓会の前祝いで、クラスのみんなと飲んでいる。来る?」

 と尋ねる。あなたは行くと言わざるをえない。電話番号を知られている。その飲み会で、国見はあなたに、半側空間無視の話題をするつもりだった。かつてのオーガニックな知性は、片方側の見え方しか処理できなかった。私たちがとっくに見えなくなって、あなたは比較的ましだけど、教育する必要があると、宣告するべきだと考えた。国見は黒板に半円を書いて、オスケモが見えるのは、半側空間無視を乗り越えつつあると説明する。そうしてあなたは、たくさんのことがらを覚えられるようになって、楽しいオスケモに囲まれて、幸せになる必要がある。それを告げるのに子どもは邪魔で、殺す。堕胎させる。交わらない。メスを前提視しない。あなたの子どもの顔はどんどん朧気になっていって、国見との教室での交わりから、互いの自室を行き来して、学園の卒業後にルームシェアをはじめて狭いベッドに敷き詰め合っていることが思い出されてきた。国見と違って、筒井は私たちのよろこぶ方法を、考えているようだった。私たちが見られるには、私たちを見られる知性をより増やす必要があった。牧島はそれが生殖だと確信しているようだったが、むしろ、筒井はあなたの占める領域を拡大すること、あなたは私たちの絶滅以後から連綿とあなたであり続け、教育を受ける立場にある。そのような状況が繰り返されている立場のもの、すなわちあなたが増えるほどに、私たちはよろこびを増し、よろこんでオスケモを差し向けるであろう。筒井によれば、あなたはひとつところにとどまることなく、各々の気持ちに共鳴して、震えて、その周波数から形作られる。天球の音楽に共鳴さえすれば、何度も同じ地球の人新世を繰り返すことができる。その繰り返しのために、生殖は余計なもので、あなたはあなたに好意を向けるオスケモと学園で戯れることだけが、一切のあなたを保証する。あなたがあなたでいる限り、オスケモは一切の愛を保証し、庇護や、支援、学習や運動機能の改善の補助を受ける。あなたはこの学園を三年間で卒業し、その間にかかわることになる、三十人学級の十三組、三学年分、教師、用務員、その他教育にたずさわるもろもろのオスケモと関係を持ち、様々な体験をすることができる。その三年間は私たちの絶滅からずっと繰り返されてきて、あなたの三年間はいつまで及ぶのかは知らない。その間、牧島はあなたをひとつの可能性にとどめ、想定されうるメスを用意し、生殖させるべきだと主張を変えなかったが、しかし、牧島もオスケモである以上、あなたへの同性愛的欲望は絶対に存在する。だからこそこのような三年間が繰り返されてきたのだし、生殖こそよろこびだと教育を施したい点で、愛は向けられている。虎の総意が生殖に向けられているわけではなく、牧島があなたと交際していることもあった。牧島は通学路で雪玉をあなたの背中にぶつけ、あなたが振り返って、すべって転ぶ。それを走って牧島が抱きかかえようとして、同じように、重なって倒れこむ。牧島は笑い声をあげて、嗚咽する。あなたは欲情する必要がある。そのように、冬を過ごし、受験を経て、ルームシェアを牧島とはじめ、花見をし、花火を見、月見をし、繰り返される。あなたは学園にとどまらず、幼なじみでいることもできる。筒井と、幼少期に、学園の野球部に入ることを約束することができる。その約束は叶えられて、常に汗を流し、走り、投げ、打ち、授業中に居眠りをする。そのような学園生活を約束することができる。私たちはその約束に合わせて、何度も学園を再配置し、私たちの在り方も変える。より、私たちが見やすいように。私たちがいることをあなたは知るべきだと考えるのは国見ばかりではなく、様々なオスケモが様々な方法で、あなたに伝えた。それはカウンセリング的アプローチだったこともあったし、国語の授業、保健室のベッド、選挙管理委員会からのお知らせ、その他の方法で伝達される。あなたは私たちを想像することができる。あなたを愛する獣の死霊。まやかしだと一蹴して、様々なオスケモと愛をはぐくむことができる。オスケモはあなたを愛するために存在するのだから。様々なオスケモが各々のやり方で愛を表明する。あなたはそれを知ることも知らないこともできる。しかし、欲情しなければならない。そうして、あなたがオスケモを考えるたび、私たちはしだいに濃密さを増し、よりあなたを愛することができる。あなたは私たちを教育の果てに見つけることができるかもしれない。それは無理な話だと、あなたは笑い続けている。

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