五臓六腑に沁みるのは、何だ?①
結局、安田の尻ぬぐいは発送作業を含めると丸三日かかった。最後は課内総出で、だ。
が、作業そのものは完了したが、それでハイ終わり、とはならない。
「向山田、佐藤、悪いんだが、営業部の応援行けるか」
「はい」
「行きます」
遅れが発生したわけだから、その分営業部にも、店舗にも迷惑がかかる。彼らだって計画ってものがあるのだ。それをこちらのミスで狂わせてしまったのだから、ヘルプを要請されたら行くしかない。営業部に頭を下げに行き、彼らの代わりに近隣店舗へ販促物と新商品の配達作業をこなす。店舗の方々はこれくらいの遅れはどうってことないですよと笑ってくれたが、かといってそれに甘えるわけにもいかない。小さな店であればあるほど、俺達の態度一つで陳列スペースは簡単に縮小されてしまうのだ。
宮城県以外の五県については特に問題なく、支社内でどうにかなったらしい。発送前に各支社の営業部へ電話で謝罪したが、「なんもなんも気にすんな。
我があけぼの文具堂は全国に支社があるため異動ももちろんあるのだが、役職者は不思議と地元人が多い。役職がつけば、ある程度は優遇されるのかもしれないが、広報部は広報課の課長も
それは置いといて、だ。
「終わっ、たぁ~……」
終わったのである。とりあえずは。
とりあえずは、というのは、厳密にはまだ作業が残っているからだ。
緑から抜き取った、ロゴパターンのA4ポスターである。こいつだ。ミスで余ってしまったとはいえ、『東北盛り上げ隊っ!』の公式ポスターなのだ。そう簡単に破棄なんか出来るわけがない、ということになったのである。
そこで、これはこれで商品に封入することになった。初回限定版よりも当然数は少ないし、余計な経費をかけられないから、これは仙台市内限定ということになっている。初回の黄色と紫にも封入されていたものだからレア度も低いし、問題はないだろう、という判断だ。その分の商品の取り寄せも完了しているので、これは明日有給が明ける安田にやらせることで話はついている。せっかくの親孝行に水を差すのは忍びないと、今回の件は課長判断で安田にはまだ言っていない。出勤と同時にお呼び出しコースだ。南無、安田。お前、今度という今度は厳しいかもしれないぞ。とりあえず、この仕事だけは全部終わらせてくれな。
ちら、と山積みのA4ポスターと、段ボール一杯の『OSSE!』を見る。
初回版の売れ行きにもよるが、今回ほど急ぐ作業ではないだろうけれども、一人でやるには大変な作業だ。絶対に泣きついて来るだろうなぁ。こういう時、先輩としては突き放すべきなのか、手伝ってやるべきなのか。いつもの俺なら手伝ってる。だけど今回ばかりはやらかしの規模がデカすぎる。心を鬼にして突き放すべきだろう。きっとそれが安田のためになるはずだ。
そう強く決意した翌朝。
「おはようございますっ! 聞いてくださいよ! 父さんも母さんもめっちゃ喜んでたっす! こんなにお休み貰えるなんていい会社ね、って! アンタ、身を粉にして会社に尽くすのよ! なんて言われちゃったっす! 今日からまためっちゃ頑張って働きますよ、俺! もうサラッサラの粉になるつもりで働きますから!」
誰よりも元気よく出社した今回の戦犯・安田が、それはそれは晴れやかな表情でオフィスの真ん中に立ち、全方位に向かってぺこぺこと頭を下げる。両手には大量の紙袋だ。お前どんだけお土産買って来たんだよ。
「――あっ、課長! おはようございます! 休み、ありがとうございました! いつもお世話になってますんで、課長にはでっかいの買ってきましたぁ! 皆には内緒っすよ?!」
ド𠮟るつもりで声をかけようとしていた課長は、出鼻をくじかれた思いだったらしい。いや、その後仕切り直しでめっちゃ叱ってたけど、デスクの上に置かれた『でっかいお土産』をチラチラ見つめては、なんかもう何とも言えない顔をしていた。わかります、課長。こいつ、素でこういうことしてくるんですよね。皆に内緒にすんならもうちょい小さい声で言え。丸聞こえだ、阿呆。
課長のデスクから戻って来た安田は向山田さんと俺に何度も頭を下げた後で課内の謝罪行脚に回り、予定通り、ポスターの封入作業が課せられた。
そして、当然のように――、
「先輩、マジですんませんした」
「まぁ、反省してるなら良いよ。課長にもこってり絞られただろうしな……」
それを手伝っている。
課長からは通常業務の合間で良いから、と言われているので、その言葉に甘えさせてもらっているが、それでも大変なものは大変だ。そしてこういう時、
「先輩も全然その、定時で」
「お前が残業するなら俺も残るに決まってるだろ」
「せ、先輩……!」
「お前が一人で残業とか、何やらかすかわからないからな!」
「そんな! さすがに大丈夫ですって!」
ははは、と笑っているが、いやもうマジで冗談じゃないから。おっかないから、お前を一人にするの。ほら、奥の方で課長もブンブン首振ってるから。お任せください課長、俺が止めてみせます! そして、なんとしてもこの作業は金曜までには! 終わらせる!
「良いか安田、よく聞け」
「はい!」
「返事はもうちょっと抑え気味で良い」
「はい」
「俺は今週の金曜、どうしてもどうしても定時で帰りたい」
「オッ、彼女でも出来たっすか」
「出来てねぇわ。じゃなくて。とにかくだ、定時で帰りたいんだ。わかるか?」
「はい」
「今日は何曜日だ」
「水曜です」
「何が何でも金曜には終わらせる。そして俺は定時で帰る」
「わっかりましたぁ! 先輩にも春が来たんすね!」
「うるせぇ、それは来てねぇんだって!」
「あれ? 違うんすか?」
「もう良い、作業に戻るぞ!」
「はい! 彼女さん、今度紹介してください!」
「だから違うって!」
もう駄目だコイツ、全然話聞きやしねぇ。ごめん八尋、コイツと同じタイプとか思ってたけど、お前の方が全然話通じるわ。
なんかもうこのやり取りだけでげっそりと精神力を持って行かれた気がする。とにかく、何としても金曜には終わらせるのだ。ていうか、普通に俺の仕事、これ以外にもあるしな。後回しに出来るものを来週に回しているだけだから、来週も来週でしんどい。それでもやるしかない。安田一人にやらせる方が確実に危険だ。
そして迎えた金曜日。
「おっす幸路さん。なんかめっちゃ久しぶりだな」
今日こそは行くぞ、と知らせると、多希は『来なサイ』のスタンプを返してくれた。むぅん、と胸を張り、拳をそこに打ち付けているサイのスタンプである。このいかつい顔がだんだん可愛く見えてくるのが不思議だ。
普段なら「来たぞ」と声をかけても出迎えなんてせず、台所で作業しながら「おー」と返ってくるだけなのに、今日は玄関にいた。いつもの赤エプロン姿で、仁王立ちで。
今日のメニューは実はまだ知らない。いつもなら多希の方から知らせて来るのに、『今日の飯はまだ決まってない。でも美味いの作るから五百円用意しとけ』と来たもんだ。まぁ、多希の飯は美味いから、味については全く心配してないんだけど。
「にしても珍しいな、まだ決まってないなんて」
つってもさすがにいまは出来てるんだろうけど。
そう思いながら上がり込む。くん、と鼻を鳴らせば白米の香りはする。飯は炊けてる。
「ちょっとな、幸路さんに聞いてから作ろうと思ってな」
「は? 俺に?」
「そ。ここ最近ウチ来てなかったろ? その間の飯事情をな」
「成る程。……いやマジで褒められたもんじゃないっつぅか、ずっとバタバタしてて、自炊する気力もなくてさ」
「まー、忙しそうではあったからだろうなとは思ってた。思い出せる限りで良いよ、例えば?」
「例えば、そうだなぁ」
課長に奢ってもらったピザだろ。朝飯はコーヒーとトーストと、インスタントのスープで、あっ、たまに白米と納豆の日もあったな、確か。それから、夜は会社で食う時は近くのコンビニで弁当かカップ麺。そんでまた朝はコーヒーとトーストのサイクルだな。
「成る程、いい暮らししてましたなぁ~」
目を細め、にんまりと笑う。
俺知ってる。これあれだ。京都の人のあれだ。実際にそんなことを言う人なんていないよ! って大学時代に京都出身のやつに言われたから、本当のところはわからないけど。
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