ファレナの過去

 ファレナは物心がつく前に、「魔死の森」という森に捨てられた。

 魔死の森は、この世界でもかなり危険度が高いことで知られていた。

 その地には、ものすごい量の魔力が渦巻いており、一般人なら少し足を踏み入れただけで、自身の持つ魔力量と周囲の魔力量のあまりの差に不快感を催し、吐き気、目眩、頭痛などの様々な症状に襲われ、死に至ることすらある。そのことから魔死の森と名付けられたのだ。

 また、その地に古くからいた魔物や動物は、異常な魔力量に対して、肉体の強度を限界を超えてまで高めることで、症状を緩和していた。

 そんな魔境に、幼子が捨てられたのだ。本来、今ファレナが生きていることでさえもありえないことなのだ。


 しかし現在もファレナは生きている。ファレナは赤子ながら、襲い来る敵を祈ることで魔法を発動させ撃退していった。

 赤子は手加減を知らない。加減を知らないまま魔法を使い続けたファレナは、それが癖になってしまった。


 さらに、ファレナは生き残るため、更に魔法を強化していった。その分、魔力の消費量は上がったが、体内の魔力が減少した瞬間、ファレナの身体が勝手に周囲の魔力を吸収し、補充していた。

 ファレナが5歳になった頃、魔法の威力は世界の理の限界へ達し、魔力の許容量は限界という概念を失い、彼女の魔力量は魔死の森の魔力量をはるかに凌ぐほどになっていた。


 ファレナは4歳のころから、目的地も分からず歩き始めた。自分が人間らしく生きるための力を授けてくれる場所を、彼女の本能が求めていたのだ。

 そして、ついに見つけた。そこの周辺には他の家も人もいない。しかし、ただの一般的な魔法使いと彼の一軒家があった。

 魔法使いの名は、カインといった。

 彼はファレナを優しく迎え入れ、彼女に言葉を教え、その他の様々なことも教えてくれた。スキルや冒険者のこと、童話も語ってくれた。

 ファレナは自信を持って言えることがあった。それは「確かに彼は、実力的には一般的な魔法使いでしかなかった。でも、見ず知らずの喋れもしないボロボロの子供を、あんな親切にするなんて、普通の人にはできない。カインは、私の英雄よ」というものだった。


 しかしあるとき、彼の家が魔王軍に見つかり、襲撃を受けた。きっと、少しでも自分たちの勝利する可能性を上げるため、魔法使いであるカインを殺しに来たのだろう。カインは捕まり、ファレナに逃げるよう指示を飛ばした。

 すると、ファレナは細身な青髪の女性と目が合った。女性はファレナの髪の色と目を見て「あら、あなた…」と言って動きを止めた。そこでカインの「逃げなさい!!」という声がファレナの耳に届き、すぐにその場から逃げ出したのだ。


 その後、冒険者になった彼女は、以前カインから教えてもらった街へ向かう途中にルロナと出会い。行動を共にしだしたのだった。



 その話を聞いてルロナは黙り込んでしまった。ファレナは笑顔をつくり、ルロナに語りかける。

「まあ、こんなところよ。結局、あの女の人の正体も分からないし、魔法を制御できるようにもなってない。冒険者としての階級が上がったくらいね」

 ルロナはファレナが想像よりもはるかに過酷な人生を歩んでいたことに驚き、それと同時に、似たような環境だったにも関わらず、どうしてここまで性格に差が出たのかも気になった。しかし、今口にすべきはそんな言葉ではないのは、よく理解していた。

「これまでよく、頑張りましたね。これからは、私も支えて行きますから」

「ありがと。真意でも、そうじゃなくても、その言葉が励みになるわ」

 ファレナは、こぼれそうな涙を拭き取って続けた。

「カインと暮らしていたあの頃は…今思えば、本当に幸せで、夢みたいだったわ…。朝目覚めたとき、笑いかけてくれる人がいる生活がどれだけ幸せだったか…その後になって…ようやく気づくなんて…」

 ファレナの肩が、ほんの少し震える。

「ファレナさん……」

 2人の間に、一瞬の静寂が走る。

「行きますか」

「ええ」

 そう言って歩き出した2人の影は、いつの間にかとても長く、濃くなっていた。

 それは、2人が今生きている証であり、死んだ者たちの運命を背負う決意でもあった。

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