支配の終わり

 ビヤレルとファレナは大きな門の前に立った。

 門番が2人に気づき「どうかしましたか?」と声を掛ける。

「悪いな、あんたに恨みはないが…仕方ないんだ」

 ビヤレルの言葉に「え?」と困った顔をした門番を横目に、ファレナが魔法を唱えた。

「ブレイク!」

 破壊に特化したその魔法は、一瞬にして壁を抉り取り、建物がものすごい音を立てて崩れ落ちる。

「直接人を傷つけるようなことはないと思うだけれど…」

 今起こったことに混乱しつつも、兵士としての役目を果たすべく立ち向かってくる勇敢な戦士たちに向かって、ビヤレルは鞘に納めたままの大剣を構えた。

「傷つけることはしねぇよ。たぶんな」

 そのまま振り下ろされた大剣は、大地を裂き、岩盤が剥がれた地表から露出した。建物は傾き、重い鎧を身につけた者たちは動きづらそうにしている。

 ファレナはだいぶ傾いた建物の左側を見つめて願う。

(ルロナ…頼んだわよ!っていうか、巻き込まれてないわよね!?)



 建物の倒壊が落ち着き始めた頃、安全圏に潜んでいたルロナがついに動き出した。

 ルロナは壁をするすると素早く登り、三階の窓を突き破って侵入した。

 そこには、混乱の影響で隊の仲間と分断された兵士が2人いた。

 すると、剣と盾を持った鎧に身を包んだ兵士が真っ先に向かって来た。

 ルロナはそれを受け流し、先程割った窓から外へ投げ出す。

(鎧で身体は重くなっている上、両手が剣と盾で塞がっていては、軽い怪我では済まないでしょう)

 その時、顔の横を手のひらよりも少し大きな火の玉がかすめていった。

 その攻撃を行なったのは、もう一人の後方支援を得意とするであろう魔法使いだった。

 魔法使いは火の玉をいくつか繰り出しながらルロナに訪ねた「お前はなんなんだ!何が目的だ!」

 ルロナはその問いに答えることなく、「バリア」そう唱えて防御魔法を拳に展開し、火の玉を弾き飛ばしながら突き進み、ガラスの破片で魔法使いの目を潰した後、頭蓋骨を粉砕した。


 床が壁になってしまった部屋で、貴族は文句をたれていた。

「何故救いに来ない!?この私を見捨てたのか?使えん奴らだ!クソ!」

 倒れた机を蹴り飛ばし、グラスを足元にたたきつける。

「金を払ってやってるというのに!ふざけるな!!私がいなくなったらこの街は終わってしまうんだ!」

「国が運営するので大丈夫ですよ」

 驚いて貴族が黙ると、部屋の中とその周辺が静まり返った。それはその場に、他の人間がいないことを示していた。ただ1人を除いて。

 貴族以外誰もいないはずの空間に、背筋が凍るような靴の音が鳴り響く。

「自分が誰のおかげでそこまでの力を得られたのか、考えたことはないのですか?」

 貴族が声の方を向くと、そこには怒りに手を震わせるルロナの姿があった。

「彼ら兵士がいなければ、貴方は私たちが来るより遥か前に殺されていたでしょう」

「誰だお前は!何者だ!」

 貴族が様々なものを投げ飛ばし抵抗する。しかし、ルロナにそんな攻撃が通用するはずもなく、ルロナが問いに答えるはずもない。

「ここにきて増えた分、私が殺した人間は、16402人に、動物は274匹になりました。ですが、私は彼ら一人一人の顔を鮮明に思い出すことができます。なぜか分かりますか?」

 ゆっくり、ゆっくり歩み寄るルロナに貴族は体を震わせることしかできなかった。

「人を殺せば殺すだけ、私の経験となります。彼らのおかげで、今の私があります」

 ルロナは一瞬で貴族の背後に回り込み、できるだけ力を加減して後頭部を殴った。貴族のは手から魔道具が転がり落ちた。きっと、最後の抵抗として、この魔導具を使おうとしたのだろう。

 ルロナは気絶した貴族に語りかけた。

「自分の下にどれだけの人がいるのか、なぜ自分が上に立てたのか、そのことを理解できない人間が、私は本当に嫌いなんですよ」


 外に出たルロナは、ちょうど到着した王国の兵士に気絶した貴族を引き渡し、3人でその場を後にした。

 ビヤレルは「この兵士たちは勇敢だった。私に向かってきたんだからな。こいつらは何も悪くない。上司がクズだった。それだけだ」


「いや~、これまでにない大仕事だったわね!」

「ええ、本当にうまくいってよかったですよ」

「ま!私らにかかればこんなもんよ!」

 そんな会話の中、ルロナは貧民街のある方向に目を向けた。

(ラクラさんとの契約は終わっていません。まだやらなければならないことがいくつかありますね。しかし、とりあえず今は気持ちを落ち着けるため、休んだほうがいいでしょう)


 これは、この広大な異世界から見れば小さな事件を解決しただけに過ぎない。

 魔王を倒すには、まだまだ遠い道のりだろう。

 しかし、着実に歩みを進めている。今回の件で国からの信頼もある程度確保することができただろう。

 ルロナの目的も、この世界の行く末も、まだ誰も知ることができないのであった。

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